富山湾越しに3000m級の立山連峰義経社
ちなみに別の呼び方として「雨晴岩」とも呼ばれているそうです。
1187年、源 義経一行が山伏姿に身をかわし、
奥州平泉へ落ち延びる中、弁慶の持ち上げた岩の陰で、にわか雨の晴れるのを待ったという伝説
があり
雨晴海岸と呼ばれるようになったそう
また義経岩は、
まだ周辺が海ではなかった頃に地位や家柄が高い人を埋葬した古墳で
次第に波が上の部分をさらってしまい、石槨だけが残ったという説もあるそう。
道の駅の目の前で、駐車場も完備。
次は、氷見港へ
つづく…















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