40年前のケニヤ。
電気の通っていない町に住んでいたので、日没後の灯りはランプに頼る生活でした。暗い夜は不安な時間が長く続きます。孤独な外国人にとってランプの灯りはとても重要な味方でした。

当時、我が家では2種類のランプを使用していました。

一つはハリケーンランプ。灯油タンクと上部の煙突部分が2本のアームでつながっている、灯油ランプとしては最も一般的なタイプだと思います。灯芯の炎がガラスの火屋(ほや)で囲まれており、やさしく暖かい色の灯りで雰囲気良く周囲を照らしてくれます。奥床しく感じられる優しい灯りでした。
キッチンで夕飯の支度をしたり、屋外にあったトイレに行ったりする時なども気軽に持ち運べるので便利な灯りでした。給油栓がついているので長時間使って燃料切れになった時に灯油を注ぎ足すことも比較的簡単でした。

もう一つはアラジンランプ(これは商品名です)。持ち運びには不向きで、卓上に安置して使う大型のランプです。
ハリケーンランプと比較すると何倍も明るいランプです。ダイヤル操作で上下する巻芯(円筒状の灯芯)の上にコーン状のマントルがセットされています。セット後、巻芯への最初の点火時にマントルが燃えて灰となり、その灰が炎の熱を受けて明るく発光します。ハロゲンライトと同じ原理です。灰になったマントルは一度消灯しても再利用が可能ですが、とても脆くて点火や給油のたびに少しづつ崩れてゆくので、定期的に交換する必要があります。
燃焼効率を高めるため煙突状に高い火屋を備えており、値段も高くて、当時でも日本円にして1万円以上したと記憶しています。
高価なぶんとても明るくて、感覚的に言うとハリケーンランプの100倍くらいの明るさがあったように思えます。いや、正確にはもっと明るかったかもしれない。ハリケーンランプでは読書や針仕事などの細かい仕事をするには暗すぎたのですが、アラジンランプは部屋全体を真昼のように明るくしてくれて、室内どこにいてもとても快適に生活できました。

夜。外に出てみると周囲の家々の窓の明かりはオレンジ色のやさし気な光であるのに対し、我が家のアラジンランプの灯りは、カーテンを通していても、まるでこの家にだけ電気が来ていて大型蛍光灯を使っているかのように見えるほど明るいものでありました。
暗い田舎町で照明を確保するのは防犯上とても重要ではありましたが、この明るさは逆に目立つ。もしかしたら強盗に押し込みをかけられた理由の一つだったのかもしれません。

ランプ使用の際に気を付けなくてはならないのが火屋の扱いです。火屋は曲面が多いガラス製の円筒で、強い風から火を守りつつ上昇気流を強めて吸気を促し、燃焼効率を改善する役目もしています。ですが点灯時は至近距離で火に焙られるので、火屋はものすごく熱くなります。脂などが付着しているとそこがすぐに焦げついてガラスが曇り、照明効率が低下してしまうんです。
なので火屋をきれいにしておくことはランプのメンテナンス上、とても大事です。
昼間、ランプが冷めている時にきれいな布巾やティッシュペーパーを使って煤などの汚れを落とし、火屋をきれいにします。火屋を素手で触ることなく指紋も残さず拭き上げるのは熟練を要します。
点火時も素手で火屋に触れないように慎重に操作する必要があります。そのためハリケーンランプには点火を容易にするため、火屋を持ち上げるためのレバーが付いてるんです。ただ、慎重に操作してもマッチの炎が火屋の下縁をくぐる時に一部が煤けてしまう事は避けられず、点火するたびに悔しさを感じたものでした。あの時チャッカマンが手元にあれば。

40年前には毎日の暮らしに欠かせなかったランプの知識も、今ではすっかり役に立たないものになりました。ところが、そういう知識に限って妙にしぶとく頭に残っている。記憶は選択できないのです。映画やTVドラマの登場人物がランプの火屋を無造作に素手で触ったりすると「そこは触っちゃいけない!」と、気になって仕方がない。便利な環境に住んでいるおかげで不要になった知識が映画鑑賞の邪魔になってしまう。

そんな風に考えると、40年前のランプの灯りが、まだ私の中のどこかで消えずにいるような気もします。