「サンキュー、チャック」という映画を観ました。スティーブン・キングの小説を原作とした作品である、とのことなので、キングファンの私としてはコレは観ておかなくちゃ。と、久しぶりに映画館に足を運びました。
ファンを自称してはいるものの今回の映画は原作の小説を読まずに観ました。なので原作の詳細は知りませんが、キングの小説が持つ独特の雰囲気をうまく映像に取り入れているように思え、とても好感が持てました。
(以下、ネタバレを含みます)

この映画は三部構成となっています。あらすじを要約しますと「①親代わりとなる祖父母の指導でダンスと数字管理の能力を伸ばした主人公が、②それぞれの分野でそれなりに評価を得るものの30代後半で患った脳腫瘍の悪化とともに、③世界中で厄災やオカルト現象が多発するようになり、世界は終焉に向かってゆく」という感じになります。
映画は③、②、①の順に進んでゆきます。つまり、まず不思議な事象が多発する世界が紹介され、観客はその原因を②と①の中に探すことになります。

劇中、ウォルター・ホイットマンの詩が複数回朗読されます。この中の一節が、この映画全体の鍵になっているようです。

小学生高学年時の主人公が授業で紹介されたホイットマンの詩(Song of Myself)の中の一節、”I contain multitudes(私の中には多様なものが含まれる)” とはどういう意味なのか? と担任教師に質問します。その女性教師は彼の頭を両手でやさしく包み、授業中に見せた気弱で頼りない印象とは逆に自信に満ちた表情で、「あなたの頭脳にはすべてが含まれている。宇宙が存在する」と言うのです。 

個人の脳内世界はそのヒトの記憶で構成されている。生活する過程で接触する風景や他人の発言や立ち振る舞いは脳の中にすべて記憶され、そこに存在し続けるようになる。そればかりか、それぞれが意志を持って脳内世界で行動してゆくようになる。当然、私の言動と行動も、私を知り記憶する人々の脳内に存在し続けることになる。世界はそのようにしてつながっている。
劇中の教師が言いたかったことは、チャックの脳内に展開する宇宙はチャック本人の宇宙であり、例えばホイットマンがcontainするのもまたホイットマン自身の宇宙である。世界にはヒトの数だけ脳があり、その脳内宇宙は独立して存在し、それぞれ別の展開が行われている。あたかもパラレルワールドのように「完全に同一である脳」は他にひとつとして存在せず、交差することもない。(ヒトはみな他人の記憶の中で生き続ける、というシチュエーションはスタンド・バイ・ミーやイットなど、キングの他の作品にも見られます)

というわけで、③部分はチャックの脳内宇宙のオハナシである、と仮定するとすんなりと解釈できると思います。

腫瘍が増殖することにより、彼の脳は少しづつ破壊されてゆく。その影響で彼の脳内世界に存在していたカリフォルニア州は海に沈み、インターネットはつながらなくなり、くだらない動画サイトにさえアクセスできなくなる。道路は陥没し、多くの人が職を失う。きれいに輝いていた夜空の星々も順に消滅してゆく。
北極星や火星が腹に応えるような低音を響かせながら消滅していく夜空の下、黒人教師がかつての恋人に「愛している」と言いかけた瞬間に暗転する画面。まさにあの時にチャックの脳は機能を停止し、命が絶たれたのだと思います。
以前、死の瞬間にそれまでの人生を振り返るような高速映画を体験するらしい、という駄文を書きましたが、死に直面したチャックにも同様の機会が訪れ、自分が記憶する場所すべてに(ビルの屋上看板や住宅のガラス窓に映るような形で)出現して、自分の脳内宇宙に最後の一瞥を与えていたのかもしれません。

ホイットマンの“私の中には多様なものが含まれる” が鍵となっていると書きましたが、実はこのフレーズの一行前には”私が矛盾しているって? その通り、私は矛盾しているんだ“と、開き直るような一文があるんです。ホイットマンは自己矛盾を自己の多様性として認め、「全部まとめて自分である」としている。
この映画には多くの逆説的な設定が含まれています。
前述したように物語の進行からしてすでに逆説的です。時系列的には最後であるはずの③が導入部分となっています。
その他、


  *    生まれる前に死んでしまう妹アリッサの存在
  *    祖父母の指導によって才能が見いだされる「ダンスの情熱」と「数字管理の理性」という極端とも言える主人公の二面性
  *    ダンスパーティのステージに施されたバックトゥザフューチャーの装飾(Back to the future:未来に戻る、という逆説的フレーズ)
  *    ダンスシーンで重要な振り付けであるムーンウォーク(前に進んでいるようで実は後退している動き)
  *    自らの死因を知ったうえで準備をしながら生き続ける姿勢(死ぬために生きる)


など、多くの「両立が難しいものを両立させようとする設定」が含まれている。
特に最後の「死ぬために生きる姿勢」は重要で、ヒトは誰もが人生の過程で生じる多くの矛盾や困難を抱えながらも懸命に生きてゆく、という大きな肯定につながっているように思えました。

これは本筋とは関係ないんですが、ダンスパーティの夜、急に腰が引けてしまったチャックが星空の下で決意を固めた後に憧れの上級生をダンスに誘うシーンが印象的です。パーティ会場のステージには「Back To The Future」の飾り付けが見えますが、それは逆説性の強調のためだけでなく「軟弱な男が勇気を振り絞って行動することで未来を変える」ことの象徴としても使われているように思えました。


未来を好ましい方向に変えるのは勇気なんだな、って。