バングラデシュで起こったテロに巻き込まれ、邦人7人が殺害されました。

 

被害者はいずれも私と同業種に就く人たちで、この悲劇は他人事とは思えません。
ご冥福をお祈りします。

 

金曜日の夜、同僚たちとちょっと高級なレストランで待ち合わせてアルコールとおしゃべりを楽しむ、なんて、赴任国では極めて日常的な小イベントであります。そんな時にテロ事件に巻き込まれてしまうとは、不運の極み。

 

もしも私がその場に居合わせたとしたら、どのようにふるまえただろうか?

 

もちろん、隙あらば逃げ、隠れ、協力できる仲間がいて活路があればそれなりに抵抗するつもりではありますが、向こうは用意周到に準備して三角眼でかかってくるのに対し、こちらはアルコールと満腹で弛緩した波目状態であります。抵抗したところで、あえなく捕まって人質となるのは必至でありましょう。
そうなったらどうするか?

 

やはり同業種に就く私の知り合いは「徹底的に抵抗する」つもりだそうです。

 

強盗などの犯罪に遭遇した場合は無抵抗に徹し、金品を持っていたらむしろ積極的に賊に差し出して難を逃れるべし、というのが勧められている方法です。
ですがテロの場合、対象者を殺害することが目的なので、何をしても殺されてしまうのはまず間違いない。どうせ殺されるのであれば、徹底的に抵抗して相手側の被害を最大にする努力をすべきではないか、というのが彼の考えのようです。
考え方としては大戦末期に行われたカミカゼ特攻に似ています。

 

しかし仮にも世界平和の実現を目指すべくこの世界に入った者が、テロリストと同様に暴力を解決手段にしてしまうのはなんとも悔しいところです。

 

個人的には、どうせ殺されるのならば相手の目の前で自決した方がインパクトは大きいのではないか、と考えています。テロリストの目的は他宗教の者である日本人を殺害してその力を誇示することなのですから、その機会を奪ってしまう。
自死をもって断固たる侮蔑を示す。
ユダヤ戦争の「マサダの戦い」では、ローマ軍に対峙したユダヤ軍が2年間にわたってマサダ砦に籠城し、ローマ軍が攻め込む直前に全員が自決したのだそうです。ローマ軍は労せずして勝利する結果となりましたが、その勝利はむなしく、何の喜びもなかったらしい。
なので、その例に倣い、テロリストに捕えられていよいよ殺害されるとなった時には笑って自決しようかと。

 

ま、へなちょこオジサンとして名高い私がそんな豪胆な行為を実行できるはずもなく、たまさか実行できたとしても、その自決がテロリストに対する侮蔑と受け取られるか、それとも、その後の拷問などの苦痛が怖くてさっさと死んじまったバカチン、と逆に蔑視されるか、微妙なところではありますが。