およそ30年前、私が青年海外協力隊員だった頃に一緒に仕事をした農家のオバサンたちに会いに行く話、続編です。

 

キスムという地名は、その地をメイン・テリトリーとするルオー族の言葉で「そこに行って欲しいものをタダ同然で手に入れる」という意味の動詞「キスモ」が語源になっているそうです。欲しいものが苦労することなく手に入る場所。古くからとても豊かな場所だったのでしょう。その地名の由来にも縁起の良さを感じます。

 

ですが、30年前に私が足繁く通ったワサレ村のその後は、不運が連続したようでした。

 

ダマールさんがポツリポツリと問わず語りに教えてくれたのですが、私の帰国後しばらくして、村の人口は短期間のうちに激減してしまったそうです。原因はHIVエイズ。確かな数は不明ですが、ダマールさんが指を折って数えた死亡者の名前には、私が記憶していた農家の名前がいくつもありました。

 

そしてトドメを刺すように押し寄せた水害。降った大雨が近くを流れる川に集まって大洪水となり、村は大被害を受けたんだそうです。家々が流され、苦労して拡げた水田も破壊され、多くの村人の命も奪われました。生き残ったヒトタチには村を立て直す力も余裕もなく、遠くの親戚を頼って村を離れてしまった。

 

久しぶりに訪ねた私が容易に村にたどり着けなかったのも無理はなく、洪水のせいで地形がだいぶ変わってしまったんだそうです。

 

「そんなこんなで、ここではもう稲作はやっていないのよ。色々と教えてくれたあんたには悪いけど…」

 

かける言葉がすぐには見つからない。
私が何不自由ない暮らしをぬくぬくと楽しんでいた時に、そんなつらい思いをしていたなんて。恵まれている自分が恥ずかしくなってしまう。

 

「近くに生き残りの仲間がいるよ。行ってみる? 行くなら案内するけど」


うん! ぜひ頼むよ!

 

歩いてクルマまで引き返し、ダマールさんを乗せて幹線道路を走ることしばし。

 

婦人会の会計係だったママ・メアリは町の近くに借りた家に住んでいました。やっぱり30年分ヨボヨボ化が進んでおりましたが、満面の笑みで再会を喜んでくれました。

 


左がダマールさん。クルマに乗ってお出かけするのでおめかししてきました。右が元会計係のメアリさん。

 

「お腹すいてるんじゃないのかい? メシを作ってあげるから食べていきな」


いやぁ、いいよー。そんな迷惑かけられないよー。


「なに言ってるんだ、メシぐらいのことで。食べていきなよ」

 

せっかくの申し出です。お言葉に甘えることにしました。

 


石を三つ、放射状に置いただけのかまどで火を熾(おこ)して調理する。
熱効率が悪いので調理に時間はかかるし、かなりの量の薪を消費してしまう。
キッチンの様子は30年前と全く同じ。ガス・クッカーを買うような余裕は未だに無いようです。

 

用意して来た飴玉をメアリさんの孫娘にあげると、それを目撃した近所のガキどもがワンサカ押しかけてきて行列を作ります。アメくださーい。
昔は我先にと、ひとかたまりになって手を出してきたのに、今ではちゃんと列を作って順番を待つ子供たち。ずいぶんお行儀よくなったものです。なんか配給するみたいに、小さな手のひらに飴玉を載せてゆく私です。

 


子供たちは貰ったアメをすぐに口に入れ、しかし時々手のひらに吐き出します。
だって、せっかく貰ったアメです。一気に食べてしまったらもったいない。できるだけ長持ちさせて楽しまなくちゃ。

 

 「メシが出来たよ。食べな」


相変わらず質素な食事です。質素ではありますが、メアリおばさんの心尽くしであります。豊富とは言えない食料をやりくりして用意してくれたのでしょう。こういうものはあだやおろそかには食えません。手を合わせてありがたくご馳走になります。
 黄色いのは、いり卵。奥の緑色の皿にあるのは川魚を茹でたもの。白い塊はウガリ。そして三角パックのマジワ・ララ(ヨーグルト)。

 

子供たちは屋外に追いやられ、食事を準備してくれたメアリさんとダマールさんもキッチンに引っこみます。男性ホストが不在である場合、ゲストは独りで食事するのが慣わしです。
マジワ・ララは近所の店で買ってきたもののようです。マジワは「牛乳」、ララは「眠る」を意味するスワヒリ語。寝かせた牛乳。つまりヨーグルトです。パッケージのトンガリ部分をナイフで切り取り、コップに注いで頂きます。

 

隊員時代、農家を訪問すると帰りがけに「食事は出せないけど、せめてマジワ・ララを飲んでいって」と言われることがよくありました。
このマジワ・ララ、飼っている牛の乳を素焼きの瓶に入れて室内で発酵させたもので、表面が真っ黒になる程にハエがワンサカとたかっているのが常でした。それをフッフッと息を吹きかけて追い払い、とくとくとく、とマグカップに注いでくれる。たまに逃げ遅れたハエが混ざっていたりもします。

 

 うわー、こんなもの飲みたくないなー。

 

しかし断るわけにはいかないので、覚悟を決めて一気にゴクゴクゴクリと腹に収めます。味も何もわからない。ただ飲みこんだだけ。飲みっぷりが良いので、「このムジャパニ(日本人)はマジワ・ララが大好き」と評判になり、他の農家でも訪問するたんびにマジワ・ララが出てくるようになっちゃいました。
メアリさん、まだ覚えていてくれたみたい。でももう牛は飼っていないので、孫娘を店に走らせて買ってきてくれたんです。

 

再会の喜びに少々コーフン気味で、正直言ってあまり食欲を感じませんが、遠慮なくご馳走になります。ですが、「食欲はないけど、残しちゃ失礼だから頑張ってたくさん食べよう」なんて考えも無用です。無理して胃袋に詰め込む必要はありません。ゲストが食べきれなかった分がメアリさんやダマールさんの食事になるのです。

 

食後はあまり長居しません。帰り支度をします。
余った砂糖は等分してお二人に渡します。

 

「よく来てくれたね。会えて嬉しかったよ」

俺もだよ。訪ねて来てよかった。おいしい食事をどうもありがとう。
「もう会えないかも知れないね」

チャンスがあったらまた会いに来るよ。手紙も出すよ。

「期待しないわよ」

 

しんみりと別れを惜しみ、クルマに乗り込もうとしましたら、私のクルマはアメを食べ終わったガキンチョどもの餌食となり、ラクガキだらけになっておりました。

 

 

くっそー!