二十代のほとんどの時間、オートバイに熱中しておりました。
その間に乗り継いだオートバイの数は通算5台。そのすべてがトレール・モデルです。
トレール・モデルというのは主にラフ・ロードを走るために作られたモデルで、荒い路面上でも取り回しが楽なように比較的軽量で、サスペンションに伸縮の余裕を持たせるために車高が高い、などの特徴があります。
私が所有した中で最も排気量の大きかったオートバイがヤマハのXT-500でした。二十代半ば、ケニヤで乗っていたオートバイです。
重量を抑えるためにたいていのトレール・モデルは単気筒エンジンを搭載しておりますが、XT-500も例外ではありませんでした。しかし、当時、500ccなんてドデカいシリンダーを持つエンジンを搭載したトレール・モデルなんて他にありませんでした。当時の主流排気量が250ccであることを考えると、XT-500はその倍の容量を持つ強心臓のオートバイでした。
このモデルが発表された1976年当時はマルチ・エンジン(3気筒以上のシリンダーを有するエンジン)の最盛期であり、それまでほとんど注目されなかった大排気量単気筒エンジンは市場にとって新鮮だったようです。日本国内よりも特に欧米で注目され、一時期、かの有名なパリ=ダカール・ラリーの二輪部門で優勝するのは、決まってこのモデルでした。
元来不安定な回転特性を持つ単気筒エンジンであるにも関わらず、安定した性能に人気が高まり、このオートバイが後にロングセラーとなるSRシリーズにつながっていったのです。
そんな大きなエンジンを始動するには、少々コツが要りました。セルモーターなんて付いていないので、当然キック・スターターで回すのです。
ハンドルに付いているデコンプ・レバーを引いてシリンダー内の圧力を抜いたまま、数回の空キックをしてガスをシリンダーに送ります。シリンダーヘッド上部のインディケーターでシリンダー内のピストンが丁度良いポジションにあることを確認して、キーを回して準備完了。気合一発、全体重を右足に載せて「エイヤ!」とスターターを踏み抜きます。
キックに勢いが足りない場合にはエンジン内の燃焼が不完全なものとなり、キック・バック、俗に言う「ケッチン」が起こります。スターター・ペダルがすごい勢いで開始時のポジションに戻ってくるのです。ペダルはキックしたばかりの右足を容赦なく襲います。ふくらはぎを強打されて悶絶したこともありますし、足首を捻挫してしばらくビッコを引いて歩く羽目になったこともありました。
そのケッチンを恐れるためにおっかなびっくりのキックとなり、キック・スピードが遅くなって更にケッチン頻度が高まる、という悪循環に陥り、なかなか始動できなくて気ばかり焦る、というのがXT初心者に多かったようです(私です)。
結局、自分に度胸が足りなくて右足に体重を載せきることができないのだ、と気づいた時、なんだかオートバイに試されているようで、とても気持ちが悪かったのを覚えています。
ケッチンは非常に危険ですが、しかしこれを経験してこそ真のオートバイ乗りである、などと言うヒトもいます。
オーストラリアをツーリングした時に出会ったオヤジ・ライダーは「リアル・モーターサイクリストの証しだ」と言いながら、彼の愛車ドゥカッティの始動時にケッチンくらってペダルにえぐられたふくらはぎの古傷を誇らしげに見せびらかしたものです。
シドニーで私がレンタルした日本製のセルモーター付きのオートバイを見て、「そんなのモーターサイクルじゃねぇ!」などとけなしておりましたが、以前の愛車XT-500の話をしたら疑惑氷塊意気投合。星空の下、他に宿泊客のいないキャンプ場で、夜通しビールを飲みかわす仲となりました。
翌朝の出発時、ドゥカッティを始動する彼の表情は、やっぱりちょっと怖そうでしたけど。

(画像はYAMAHA関係サイトより転載。私が持っていた個体ではありません。参考までに)