投票後五晩が過ぎて、ようやくケニヤ総選挙の開票結果が発表されました。
今回は、大統領・上院議員・下院議員・県知事・県議会議員・県女性代表が選ばれるという、まことに盛りだくさんの選挙でありましたが、特に注目すべきは大統領選でありました。
8人の大統領候補者のうち、特に有力だったのがウフル・ケニヤッタとライラ・オディンガ。この二人、それぞれケニヤ独立当時の大統領と副大統領の息子たちなのです。いわば建国の父が実生活の父親でもあったこの二人。今回の選挙は事実上二人の一騎打ちであり、また独立以来ライバルだった部族同士の争いでもありました。
ケニヤは1963年に独立しました。独立にはキクユ族とルオー族という当時の二大部族が活躍し、初代大統領にはキクユ族のジョモ・ケニヤッタ、副大統領にはルオー族のオギンガ・オディンガがそれぞれ就任しました。
部族間の関係を平和に保つため、キクユ・ルオー双方の部族出身者が交互に大統領を務めよう、という密約が交わされたと聞いたことがあります。ですが、土地所有権にかかわる法律に関して対立したことをきっかけに、キクユ側はルオーに対してかなり厳しい政治活動を行うことになります。副大統領のオディンガは逮捕・幽閉され、政治的に抹殺されてしまいました。
キクユに対するルオーの感情は、もちろん良いものであるはずがなく、その後、この二大部族は事あるごとに対立するようになります。しかし政権を握るキクユ族の方がやはり力が強く、他の部族の人々も味方につけ、結局長年にわたってルオー族は孤立した状態となったのです。
2007-2008年に行われた前回の大統領選挙では、キクユ族のキバキ候補とルオー族のライラ・オディンガ候補が白熱した選挙戦を繰り広げました。各地の集計所から寄せられる開票結果を見て、当選を確信したオディンガ陣営が勝利宣言をします。ですが一夜明けたその翌日、キバキ候補の得票数が上回り、そのまま当選してしまいます。その結果に納得できないオディンガ候補の支持者たち(その多くがルオー族)による、キクユ族に対する暴力行為が始まります。これが国内各地に広がり、死者数1000人以上に及ぶ大暴動に発展してしまいます。
友好国であったガーナの当時の大統領クフォー氏とアナン国連総長が仲介のために訪れ、この独立後ケニヤ最大の事件はようやく収拾したのですが、キクユ・ルオーの関係は当然のことながら友好化することなく、以前に増して大きなわだかまりとなったのでありました。
選挙に夢中になるのはどこの国でも同じだと思いますが、大統領の権力が強すぎるアフリカ諸国では、候補者やその周辺だけでなく、出身部族の人々全体が過剰に熱中してしまう傾向にあります。
ケニヤでは前回の混乱を教訓に、今まで強すぎた大統領の権力を縮小・分散させ、また前回の混乱の直接原因であった選挙結果の不透明性を改善するなど、今回は「公平で平和な選挙」を心がけるべく、国全体で努力したのだと思います。
開票結果ではウフル・ケニヤッタ候補が当選しました。実はこの候補者の支持者たちが複数個所で有権者登録をして重複して投票したため、有権者数よりも投票数が多くなっている選挙区がいくつかあるそうです。対立候補のオディンガ陣営が投票開始前からその事実を指摘していたにもかかわらず、選挙管理委員会による詳しい調査が行われることなく、投票が開始されてしまいました。開票後、オディンガ陣営があまり執拗な追及をしなくなったのは、違反登録者数よりも得票数の方がはるかに多くなってしまったからなのでしょう。
また、新大統領となるウフル・ケニヤッタ氏は、前回選挙の暴力行為にかかわっていた容疑で国際刑事裁判所から訴追されております。7月に行われる予定の本審で、もし有罪となった場合、果たして素直に刑に服するのか、それとも大統領の権威を利用して有罪判決から逃れようとするのか、今後も注目すべきです。
重複して有権者登録したり、裁判所から容疑をかけられている候補者に投票したり、まだまだあまりクリーンな印象は持てないケニヤの選挙ですが、これがこの国の人々が選らんだ結果であるならば、特に反対するつもりはないオジサンであります。