ケニヤの首都ナイロビは標高およそ1700m。赤道直下にありながら一年を通じて冷涼な気候が楽しめます。気温較差が少ないため身体への負担が少なく、旧宗主国であるイギリスでは「長生きしたけりゃナイロビに住め」と言われるほどです。
「ナイロビ」という地名は、そこをテリトリーとしていたマサイ族の言葉で「冷たい水」を意味します。冷たい水という名の都市。透明感と清潔感を併せ持つ、素敵な名前だと思います。
ナイロビにはジャカランダの樹が自生しています。その多くが見上げるような大木でありながら葉は細かく、花は淡い紫色。赤道直下の強い直射日光にさらされ、はかなげで可憐な印象がある植物です。毎年10月に開花するジャカランダは、その紫色でナイロビの清潔感を強調します。
ジャカランダがなぜナイロビに多く見られるのか、マサイ族の伝説を紹介します。
マサイ族は家畜、特に牛を大切な財産としています。「世界の牛はマサイのためにある」という強気の格言があるほどで、牛への思い入れは非常に強く、その結びつきはとても固い。マサイ族が勇敢で武力で優れるようになったのも、ナイロビ周辺に豊富に生息する肉食の野生動物から牛を守るためであったと言われています。前述のように快適な気候のナイロビの地で、マサイ族の保護の下、牛たちは平和に肥え太り、その数を着実に増やしていったのです。
昔々、ナイロビにはニョカ・アーディと呼ばれる蛇の王が棲んでおりました。遠く離れたインド洋(現在のモンバサ沖)には海蛇の王ニョカ・バハリが生息しておりました。言い伝えでは両者ともその体長が100mはあった、とのことですから、これはもうオロチとかウワバミなんてもんじゃありません。体長だけを比べれば怪獣王ゴジラの2倍であり、そのライバル・キングギドラと同クラスの大怪獣であります。
怪獣クラスではありますが、2匹の巨大な蛇たちは特に大きな悪事を働くこともなく、食べ物もニョカ・アーディは時々はぐれ象の数頭を丸呑みにしたり、ニョカ・バハリは回遊中の鯨をつまんだりする程度で(餌食になる象や鯨には気の毒ではありますが)、ま、割と平和に暮らしていたのです。
ところが、です。どういった経緯かは不明ですが、2匹の大蛇はビーフの味の良さを知るところとなります。象よりウマイ。鯨よりイケル。と、同様の感想を持った2匹は、ナイロビ周辺のマサイ族の牛をめぐって大乱闘を繰り広げる、という展開になります。
アーディ対バハリ。サバンナの死闘。
牛はいっぱいいるんだから仲良く分けっこすればいいのに、そこは協調性皆無の爬虫類。2匹の大蛇はいつしか牛のことなど忘れて相手を倒すことのみを考え、単純な闘争心だけで絡み合い、咬み合い、転げ回り、しかし決着がつかず、その戦いは1週間にも及んだそうです。
怪獣の大乱闘の巻き添えを食い、マサイ族の家屋は崩壊し、大事な財産である牛は殺され、大きな被害を受けました。マサイの人々は神に祈ります。「お願いです。どうかこの事態を収束させてください」。
神はその願いを聞き入れ、絡み合う2匹の大蛇アーディとバハリを、そのままジャカランダの大木に変えてしまいましたとさ。
ナイロビにジャカランダの樹が多く自生するのは、そういうわけなのです。
蛇、絡んだ。なーんちゃって。