スティーブン・スピルバーグの作る映画のテーマは「マチズモ(男らしさ)の追求」にある、と私は思っています。
インディ・ジョーンズ・シリーズなどのように、主人公が冒険を好む男性である場合が多いためにストーリー展開が勇ましいものになる傾向が強いのは当然だとしても、劇中、重要なポイントに男性を象徴するものが多く配置されているように思えるんです。
今回、例として取り上げるのは1985年に公開された「バック・トゥ・ザ・フューチャー」。25年以上も前の作品ですが、大ヒットしたものなので例としては適当かと思いました。
ストーリーの軸は、いじめられっ子だったジョージ・マクフライ(主人公の父親)が勇気と力を振り絞って不良少年・ビフをぶっ飛ばし、その結果、未来(1985年)の状態が変化する=父性復活、というものですから、マチズモそのものをテーマにした映画であると言えますが、私が着目したのは別の点です。
シリーズでは、どういうわけかタイムマシーンをスポーツカー(デロリアン)に組み込み、クルマの速度がある一定以上の速度にならないとタイムトラベルができない設定になっています。これがシリーズ三作を通じて「主人公たちにとってタイムトラベルは可能だけれど、いつでも自由にできるわけではない」という少々不都合な仕掛けとなり、物語を複雑化し、かつ盛り上げる設定になっているわけです。
しかしこの設定、オリジナリティに富んでいることは認めますが、やっぱり奇抜すぎる。高速で移動しながら、何が起こっているかわからない別の時代に向かう、という設定はどう考えても危険で現実的ではないように思えるんです(タイムトラベルをテーマにした映画に現実性を求めるのも野暮かも知れませんが)。
どうして、わざわざこういう設定にしたのか? 以下、私なりに考えてみましたが、少々フロイド的な解釈になるかもしれません。
タイムマシーン=デロリアンの速度を上げていって、ある一定の速度に達した瞬間に別の時代に飛躍する、というプロセスに、私は性交時の男性の射精を連想しました。つまり、ペニスにかかる摩擦が増加すると同時に快感も増していき、最高レベルに達すると射精する、という過程に似ているように思えるんです。
タイムマシーンという、この物語では最も重要なポジションにある物に対して、このような特徴を持たせるというのは、意図する・しないに関わらず、作者のマチズモが表れてしまう部分ではなかろうか、と思います。
その他にも、故障したデロリアンではタイムトラベルするに必要なだけの電力が得られないために落雷のパワーを利用する、という展開も、高くそびえる避雷針をペニス状の突起と見立てれば、男性のシンボルが介入することで困難を乗り越える、という暗示的な設定と見えなくもない。
・・・などとコジツケを述べてみましたが、この映画の監督はロバート・ゼメキスで、スピルバーグ本人は製作総指揮者。どれだけスピルバーグのマチズモが作品内容に反映されているのか、疑問が残るところではあります。