時代小説を得意とした作家・藤沢周平氏の死後にトリビュート本が発行されました。題して「藤沢周平のすべて」(文春文庫)。
縁のある人々が文章を寄せているのですが、冒頭に載った井上ひさし氏の一文がとても印象的でした。
ともにある文学賞の審査員だった藤沢・井上両氏は、毎年その審査会に出席する前にいっしょに時間を過ごすことが恒例となっていたのだそうです。審査会が開かれるホテルの喫茶室で、不思議にもブンガクの話は一切せず、たわいも無いオシャベリに興じる二人。
そういう機会に頻繁に話題に上ったのが塩鮭の話だったとか。昔、両人が若い頃に食べた塩鮭の話です。
ギリギリと音がするほどに塩を利かせたシャケの切り身。
焼くとその表面が盛り上がるように塩が白く浮く塩鮭。
文中、井上氏は「昔の塩鮭は、あれはひとつの猛者だった」と、表現しています。
猛者と呼ばれる塩鮭。
茶碗山盛りの白い飯を味方につけ、塩辛いシャケに立ち向かうように食事をする。そんな情景が想像できる言葉です。
そんな昔ながらの塩鮭を見つけたら連絡し合いましょうね、と、お互い約束してその話題を〆るのが常だったとか(残念ながら、その約束を果たせないまま、藤沢氏は他界してしまいます)。

この文章を思い出すたびに飛び切りしょっぱいシャケを食べたくなります。
妻に頼んだら、作ってくれました。
でも塩鮭なんて作れないので、正確にはシャケの切り身の塩焼きです。塩をいっぱい振りかけて焼いたシャケ。これがスッゴクしょっぱくてスッゴクうまかった。
ヒトクチ分のメシをあらかじめ口中に投じ、荒めに2~3回咀嚼したところに、箸でほぐしたシャケを投入します。その途端、シャケの強い塩味のせいで、すでに口中にあるメシがほのかに甘く感じられるのです。
甘いメシとしょっぱいシャケ。
咀嚼するうちに相反する味が徐々に舌の上で混ざり合います。シャケのしょっぱさがメシに移り、メシの甘さがシャケを包み込む。自然と大量の唾液が湧き出し、ブレンド効果を更に高めます。
調理・完成したものを食すのではなく、メシ・塩鮭・唾液という独立した素材(?)が自分の舌の上で混ざり合い、完璧な味に仕上がる醍醐味。

ああ、スッゴクうまい・・・。
いつまでもモグモグしていたい・・・。

しかし両目はすでに次のヒトクチを茶碗の中に求め、箸はシャケをほぐし終わり、次のラウンドは準備完了。
まだまだ良い味がするのにもったいないなぁ、と思いつつも口中のものを嚥下し、直後には次のゴールデン・セットを口中に準備するのでありました。