仕事が終わって帰宅。
自宅のドアを開けて迎えてくれるのはたいてい娘で、彼女の笑顔が無言で「おかえり」と言ってくれます。私も言葉には出さず、笑顔で「ただいま」を伝えます。
居間のソファに並んで座り、娘はテレビのアニメ番組に注目します。
私は一日中履きっぱなしだった靴を脱ぎます(一般的な日本家屋とは違い、我が家には明確な靴脱ぎ場がありません)。
屋外で仕事をすることの多い私が愛用するのはワークブーツ。かなり頑丈で、少々重い。
靴ひもを弛め、ブーツから足を引っこ抜きます。締め付けられていた足が自由になり、思わず息が漏れるほど気持ちが良い。帰宅を実感できる瞬間です。
そのまま娘に付き合うようにアニメ番組を眺めていたら、テレビの陰から大きな蜘蛛が壁を這って出てきました。私の手のひらを広げたくらいのサイズです。蜘蛛としてはかなり大きい部類に入ります。
アシダカグモ。
巣を張らず地面を這って積極的に狩りをするタイプの蜘蛛です。攻撃性が強く、食べることよりも殺すことを優先する性質を持っているらしい。例えばゴキブリを捕らえて食べ始めた時、別のゴキが近くにいることに気づくと、食べていたゴキを放り出して新しい獲物をつかまえて殺すんだそうです。一説によると「一般家屋に2~3匹のアシダカグモがいればその家のゴキは半年で全滅する」らしい。
もちろん人間に対しては攻撃を仕掛けることはなく、追われればすぐに逃げる臆病な性質です。
憎きゴキを退治してくれて、人間には接触しない。
我々人間にとって益虫であることはわかっているのですが、やはり蜘蛛は蜘蛛。しかもかなりの大型です。正直言って見てくれが禍々しい。
威嚇すれば逃げて視界からいなくなるだろうと思いましたが、わざわざ立ち上がって接近するのも面倒くさい。あまり深く考えず、脱いだばかりのブーツを投げました。山なりに飛んだブーツは壁の下部にぶつかり、床に転がりました。
飛んできたブーツに驚き、テレビの陰に隠れたアシダカグモは、またすぐに出てきて一旦静止。
そして次の瞬間、私に向かってきました。
壁から飛び降り、床を跳ね、それまでの動きとは格段に違う速さで、こちらに向かって一直線に走ってきます。動き方からして、私に攻撃を仕掛けようとしているのは確実。
私にとってラッキーだったのは、もう片方のブーツがまだ手元にあったこと。
意外な展開に慌てつつも狙いを定め、今度は必殺の意志を持って投げつけたブーツが至近距離でまともに命中。アシダカグモはきゅっと足を丸めて小さくなってしまいました。昇天。
アシダカグモが向かってきたとき、白状しますが、私は恐怖を感じました。
禍々しい格好ではありますが、所詮相手は蜘蛛です。毒をもった牙で咬まれたとしても、被害はせいぜいちょっと腫れるくらいで生命に危険はないでしょう。
私が怯えたのはアシダカグモが見せた明らかな怒りの姿勢でした。ヒトを怖がるはずの蜘蛛が、その恐怖心を凌駕する怒りを全身にみなぎらせて突進してくるなんて思いもしなかった。
二つ目のブーツが命中しなかったら、あの蜘蛛は私に対してどのような危害を加えただろうか?
一回咬むくらいで許してくれただろうか?
それとも複数個所を咬まれただろうか?
もしかしたら映画・エイリアンに出てくるフェイス・ハガーみたいに顔に張り付かれていたかも・・・なーんて、まさかそんなことは起こらなかっただろうけど。
ともかく、無駄に挑発して怒らせて、それで結局殺しちゃって、なんだかすまないことをした。
ゴメンネゴメンネと言いながら蜘蛛の死体を箒でサッサカ掃き出す私でありました。