ラオスの街中で見かけた東洋人がどこの国の出身者か、見当がつかないことがあります。
たまたま入った食堂の他のテーブルに明らかにラオス人ではない東洋人のグループがいる。だけど国籍がわからない。日本なのか中国なのか韓国なのか北朝鮮なのか、そのうちのどれかだとは思う。話し声が聞こえれば、言葉でどこの国のヒトかわかるのですが、テーブルが遠すぎてよく聞こえない。
そんな時、タイミングよく、そのグループが笑い声を上げます。
あ、ありゃ日本人だ。
日本人は笑い声で判別できます。日本語の、というか日本人独特の笑い方と言うものがあるんです。説明するのが少々難しいのですが、声のトーンとか発声方法とかに特徴があるのだと思います(同様に他の国々独特の笑い方というものがそれぞれあるのだと思いますが、残念ながらそれを聞き分けられるほど親しいおつきあいがありません)。
さらにまた同様に、悲しい時の泣き声やビックリした時に上げる声にも、国や地域によってそれぞれ独特のトーンがあるに違いありません。

考えてみればちょっと不思議な話です。
楽しければ笑い、悲しければ泣くという感情的な反応は、意識せずに表れるものだと思います。思わず口から発せられる単純な発声に地域差があるなんて、あまり考えたことがありませんでした。
国や地方によって違うということは、これは一種の言語ではないでしょうか?
以前考えてみたように、単なる笑い声にも役割はあるように思えますし、そのため地域別に発達するのも当然なのかも知れません。
笑い声以外にも、例えば驚いた時に思わず上げる声にそれと判る特徴があれば、危険に気づいた仲間が救助に駆けつけたりして、周囲に対する危険信号として機能しますものね。

感情的な反応もすべて無駄なくコミュニケーションの手段とする。我々人間はとことん社会的な動物なんだな、と思います。