Pokemon QuestⅠ:夢の中の魔道士~The beautiful World~
森には、実に様々な魔道士が姿を現した。エルレイド、ルージュラと、
多様な姿や性別のポケモンたちが来るのを、ヤミカラスは木の上から眺め、時々楽しんだりもした。
しかしその目的の殆どはキノコの採取や修行など、どれも似たようなものだったし、また、
皆使い魔を連れているということも共通していた。唯一、目的もわからず、
使い魔も連れていない魔道士がいた。それが、フーディンであった。
しかもフーディンは、度々森に現れた。他の魔道士と同じく、
それほど頻繁に来たわけではないが、少なくともヤミカラスが顔を覚えるくらいの回数は訪れていた。
フーディンは時々上を見上げ、木漏れ日をその顔に当てたりした。
そのときに見える皺の出始めた初老の顔は、魔道士というよりは農夫のようであった。
何度か繰り返される魔道士のその行為は、ただの自然浴をしているだけにも見えたし、
何かのまじないのようでもあった。
時々、虚空に向かってこう呟くこともあった。
「ここだ、ここにいるぞ」
そのフーディンが今、ヤミカラスの目の前にいた。
「おヌシを、探していたよ」
そして、ヤミカラスに対してそんな台詞を吐いたのだ。
ヤミカラスは、わけがわからなかった。
それで、少しぞっとするような恐怖感もあったが、何とかこう口を開くことはできた。
「あなた・・・何者でござんすか?」
と、フーディンは、ヤミカラスの恐れを拭い去るように優しく笑って、こう答えた。
「見ての通り、ただの魔道士だよ」
ヤミカラスは、けれども逆に、何だかはぐらかされたような気分になって、少しむっとした。
友好的そうな素振りで、実は単にからかってるだけなんじゃないか、そう思った。
しかしフーディンはすぐさまヤミカラスのその様子を察したようで、オホンとひとつ咳払いをすると、また喋り始めた。
「勿論、ワシはただの魔道士だが、おヌシに興味があるという点では、他のただの魔道士とは、
ちょっと別物かもしれないな。他のただの魔道士は、皆おヌシを素通りしていくだろう?
或いはさっきのスリープのように、出会った瞬間すぐさま逃げ出したりもするかもしれんな。
それは、彼らが本当に、ただの、ただの魔道士だからだよ。しかしワシは、ただの魔道士ではあるが、
おヌシに興味を持ち、こうしておヌシと今喋っている。それはつまり、ただごとではないのだよ」
・・・何だかよくわからないハナシだ。やっぱり、からかわれているのかもしれない。
そんなわけで何も言い返せないでいると、フーディンは勝手に話題を変えて、喋り続けていた。
「ところでおヌシ、おヌシが先程スリープに対して、使い魔にしてくれなんぞと言っておったところを見てしまったんだが、
おヌシ、本当に魔道士の使い魔なんぞになりたいのか?ただ単に、先程のエネコが羨ましかっただけではないのか?」
そこでようやく、ヤミカラスは反論した。
「・・・あっしには、仲間と呼べるものがいなんでござんす。ただの、ひとりぼっちなんでござんす。
誰にも助けてもらえない、誰からも嫌われてばかり・・・そんな世界じゃ、生きていけないんでござんす!」
ヤミカラスはまた、涙をぽろぽろと零していた。透明で美しいその粒は、
崖の下へきらきらと輝きながら落ちていったが、やがて虚無の世界に飲み込まれ、消えてなくなってしまった。
それを見てフーディンは、再び優しい声で語り始めた。
「おヌシに、大切なことを教えよう」
その目に、柔らかな笑みを湛えて。
ヤミカラスは泣くのを止め、彼の言葉を聴いた。
「ワシが今立っているのは、おヌシにとっての虚無の世界だ。何も存在しない、真っ白な世界だよ。
しかし、本当に何もないわけではない。単におヌシが知らないだけで、実際には色んなものが存在している。
ワシがこうしてその世界に立っておられるのも、ワシにとってこの世界は虚無ではないからだ。
勇気を出して足を伸ばせば、おヌシだってこの世界の上に、足を乗せることができる」
その話は、ヤミカラスには信じられなかった。現にさっき、ヤミカラスの涙は虚無の世界に吸い込まれると、
消えて無くなってしまったではないか。できるはずがない、自分がこの先へ足を伸ばすことなど・・・。
「そう、恐がらなくてもいい」
フーディンは、言った。
「ここだ、ここにいるぞ。ワシはここにいる」
彼は、ヤミカラスに手を差し伸べた。
世界は、小さいと思っていた。美しさの無い、醜いだけが全ての世界だと思っていた。
しかし、世界は他にも存在しているのだろうか?だったら、そこへ行ってみたい。
ヤミカラスはそう思った。もっと色んな物を見て、本当に美しいものを見てみたい。そう思った。
しかし崖を目の前にしたヤミカラスの足は、まだ震えていて動けなかった。
その様子に、フーディンは差し伸べていた手を引っ込めると、また語りだす。
「今、おヌシに言えることはこれだけだ」
そして、こう言った。
「自分で己が道を切り開け。そうすれば、光が見えてくる・・・。
直に、またワシはおヌシの前に姿を現そう。それまでに、見つけよ。新しい世界の、何かを」
台詞が終わると、フーディンの姿は霧のように薄くなり、消えていった。
「ま、待っておくんなせぇ!」
ヤミカラスは、消えゆくフーディンの体にしがみつこうとした。しかしその拍子に足が宙に浮き、
体は崖の下へと真っ逆さまに落ちていった。羽ばたくことも忘れ、下へ、下へと。
やがてヤミカラスは、虚無の世界の光の中へすっかり飲み込まれ、消えてなくなってしまった。
Pokemon QuestⅠ:夢の中の魔道士~The beautiful World~
いつの間にやら、雨は止んでいた。ヤミカラスも、泣くのを止めた。
辺りは静かになった。けれどその静けさが、暗い森の恐怖を一層引き立てた。
ボロボロのヤミカラスは、まだ木の傍から立ち上がれないまま、じっとしていた。
今夜は眠れるだろうか、と思った。怪我が痛むのもある。
また、その日は昼から何も食べていなかったから、酷く空腹だったのもある。
何か口にしないと、今度こそ飢えて死んでしまうかもしれない。
やはり、死ぬのが恐いのだった。今、彼の目の前には巨大な闇が広がっていた。
その闇に包まれながら、決して自分はそこから抜け出すことなどできないのだと、
彼は思っていた。それにも関わらず、彼には死の世界へ逃げ込むことも拒まれた。
このまま、自分は何処へも行けないんじゃないか。そういう思いが、彼を一層苦しめたのだった。
それからまた、何時間かが過ぎた。
ぼろぼろで腹ペコのヤミカラスも、自然と瞼が下りて、眠りに就いた。
眠れば、体力だけは回復できる。そしたら、食料を探しに行く気力も戻ってくるかもしれない。
だが眠っている間の夢の中、ヤミカラスはまたもやムクホークのファルコに追かけられていた。
「木の実を返せ!そのオボンの実は私のものだ!私だけのものだ!誰にもわたさん!」
木の実を口にくわえたまま、ヤミカラスは森の中を逃げて、逃げて、逃げた。
が、突然何かピンク色の物にぶつかった。それは、エネコのアーシアだった。
ぶつかった拍子に、ヤミカラスはオボンの実を何処かへ落としてしまった。
それをがっかりしている間もなく、前にいたアーシアは凄い形相で、ヤミカラスににじり寄ってきた。
「この汚いヤミカラス!あんた、ちゃんと前見て飛びなさいよ!あんたがそうやってぶつかってくるから、
見てよ!私のこの綺麗な体毛が、真っ黒になっちゃったじゃない!」
見ると、確かにアーシアの体は、鮮やかなピンク色から、
まるで墨を零したように真っ黒く汚れた色に変っていた。
まさか、自分がそんなに汚れていたなんて!驚きで、ヤミカラスは目をぱちくりさせた。
気付くと辺りの風景も、緑の森とは一転して、真っ黒な暗闇の世界となっていた。
「・・・こら、こら、アーシア。ポケモンは皆平等に付き合っていかなきゃ、だめじゃないか」
と、今度は背後から魔道士バクタの声が聞こえた。その慈愛に満ちた台詞に、ヤミカラスは感動し、叫んだ。
「・・・魔道士様!あっしを、あなたの使い魔にしておくんなせぇ!」
が、振り向いたとき、バクタはいきなり悲鳴をあげた。そして、その体もみるみる黒くなっていった。
「ぎ、ぎゃぁぁあああぁあああっ!ヤミカラスめっ!あっちへ行ってしまえ!この汚らしいヤミカラスめっ!!」
ヤミカラスは驚きで飛び上がり、そのまま羽ばたき出すと、急いで逃げた。
何処へ?わからない。とにかく、何処かへ逃げた。気がつくと、その翼はボロボロに傷ついていた。
後ろからまたファルコが追かけてきていて、その鋭いくちばしでさっきから何度もつついてきているのであった。
ヤミカラスの翼からは何度も血が噴出した。その血も、どす黒い色をしていた。
それでも構うことなく、ヤミカラスは逃げ続けた。
いつしか、ヤミカラスは闇の世界を抜けていた。闇の先は、何も無かった。
ただ、真っ白い世界が広がっていた。虚無の世界だ。
ヤミカラスは今、虚無の世界の手前に当たる、崖の上に立っていた。
下を見ると目もくらみそうな断崖絶壁だ。だが勿論、崖の下には何も見えなかった。
「・・・これだけ!?これだけなんでござんすか!?あっしの世界は、ただこれだけなんでござんすか!?」
ヤミカラスは泣きながら叫んだ。もはや、何処へも行けなかった。苦しみのあまり、崖から落ちて死のうかと思った。
しかしいざ落ちようとすると、足がすくんで動けなかった。涙がぽろぽろ零れた。透明な涙が、洪水のように溢れてきた。
「・・・泣くな、ヤミカラスよ」
ふと、何処からか声が聞こえた。優しくて、温かい声だった。
ヤミカラスは後ろを振り返ったが、そこには誰もいなかった。さっきまでいたファルコすらもいなかった。
「ここだ、ここにいるぞ」
と、もう一度前に向き直ると、声の主はいつの間にやらそこに立っていた。
ヤミカラスの立っている崖っぷちより前、つまり虚無の世界の中に、彼は立っていたのであった。
右手にはイチイの杖を持ち、その小さな背には、黄土色の立派なマントを羽織ったフーディン。
それは、ヤミカラスも見覚えのある魔道士だった。
「やっと会えたな」




