Pokemon QuestⅠ:夢の中の魔道士~The beautiful World~
「・・・キミ、ひとりぼっちなの?」
目の前にいる謎の相手に、どうしてそんな質問をしたのか。正直な話、
それはテン自身にもわからなかった。ただ何となく思ったことを、口にしてみただけだったのだ。
しかし、テンのそのなんとなくの台詞に、相手の目の辺りから、なにかきらきらと輝くものが溢れてきた。
涙だった。
それから、よく見るうちに、赤い色をしているのは元からではなく、
マトマの実の汁を被っていたからだということ、相手の正体がヤミカラスであることに、テンは気づいた。
本来黒い体をしている筈のヤミカラスが、一体全体どうしてここまで真っ赤なのか。
テンには想像すらつかなかったが、ただ思ったのは、自分から望んでこんな姿になったわけではない、
ということだ。それは、相手の寂しげな顔を見れば明らかだった。
「酷い・・・かわいそうに」
テンは持っていたオボンの実を一旦地面に転がすと、ヤミカラスに手を伸ばした。
それにヤミカラスは、酷く怯えたようにカアァッという鳴き声を上げ、後退りしようとした。
危害を加えられるんじゃないかと思ったからだ。
しかしテンは、ヤミカラスの顔に手をつけると、優しく撫でてくれたのだった。
彼は、ヤミカラスの顔についたマトマの実の汁を拭き取ろうとして、手を伸ばしたのだ。
そして、拭き取った赤い汁の下から現れたヤミカラスの真っ黒い毛を見て、テンはこう言った。
「・・・綺麗な色をしているね」
驚くどころではなかった。――「なにこの汚い鳥ポケモン」「汚いヤミカラスですねぇ!」・・・
今まで顔を合わせてきた連中は皆そう言ってきたのに、まさか綺麗だなんて。
しかしテンの目には、それは確かに綺麗に見えた。黒でも凄く艶やかだったし、
中途半端に濃い紫色の毛をしている自分にとって、何だか羨ましくさえ思えてしまう程だった。
やがてヤミカラスは、体全体すっかり元の色を取り戻した。その代わり、
彼を拭くのに使ったテンの手と、それから尻尾の先まで、マトマの実の汁で真っ赤になった。
「うわぁ・・・しまった、これで木の実を掴んだら、辛い味がうつっちゃうよ!」
テンはそう言いながらも、何故かヤミカラスに向かって微笑んでいた。
ヤミカラスには、彼のその一つ一つの仕草が新鮮でならなかった。
こんな風に相手と向き合うこと自体が、ヤミカラスにとっては初めての経験だったからだ。
ヤミカラスは、こう尋ねずにはいられなかった。
「・・・どうして、あっしに対してそう優しく接してくれるんでござんすか?」
「えっ」
するとテンは、戸惑ったような表情をしてみせた。或いは、寂しげと表してもいいのかもしれない。
そんな顔で、彼はおずおずとこう口を開いた。
「・・・どうしてそんなこと訊くの?」
今度はヤミカラスがうろたえる番だった。何でまた、このエイパムは聞き返してきたりするのだろうか。
そんなの、決まってるじゃないか。
「あっしは、嫌われ者なんでござんすよ?汚いし、力も弱いし・・・
皆あっしのことを避けるか、苛めるかしかしないんでござんすよ!?」
喚き散らすように、ヤミカラスは言った。けれどテンはそれに対し、再び優しい顔になって、こう言ったのだった。
「僕は、嫌ったりなんかしないよ。キミのこと、汚いだなんて思わない。
その黒い翼、心からこう思う。とても綺麗だって」
また、そんなことを・・・ヤミカラスは、
わけがわからなかった。ひょっとしたらこのエイパムは、嘘を言っているのかもしれない。
そう思って、じっと目を覗きこんでみたりもした。けれど、とてもその目の中に、邪なものは見つけられなかった。
それはまるで、月夜のお星様みたいに、とても綺麗に思えた。
その目のままで、エイパムは続けた。
「それに、弱いからだなんて・・・それ、僕も同じだよ。僕こそ、生まれつき尻尾が弱くて、エテボースに進化することができない。
多分、僕の方がキミよりよっぽど弱いんだと思う。・・・そんな僕を、ひょっとしてキミは、嫌ったりするかい?」
コガラシは、ぶんぶんと首を横に振った。そして、あっ、と思った。自分は、このエイパムを嫌いだって思わない。
このちょっと前、木の上にいたときには、正直、少し煩わしいなんて思ったりもしたけど・・・でも今は、
とてもそんな気はしない。そして相手も、自分のことを嫌いだなんて言わない。それはつまり、
どういうことなのだろう・・・。
「・・・あぁ、よかった!」
と、ヤミカラスが否定したのを見て、テンはとても安心したようにそう言った。そして、無邪気な顔で、こう言うのだった。
「・・・本当はね、キミのこと、怖かったんだよ!だって、いきなり真っ赤な姿で目の前に現れるんだもん・・・
襲われるのかと思っちゃった!でも、違うんだね。僕たち、同じなんだね!」
同じなんだね・・・ヤミカラスには、すぐにはその言葉の意味がわからなかった。
しかし、お互いの顔をじっと見つめあっているうちに、あることに気がついた。テンの目には、今ヤミカラスが映っていた。
ヤミカラスの目には、テンが映っていた。そして目に映るお互いの目の中には、
またお互いの自らの姿が映っている筈だった。ヤミカラスは、はっとした。つまりは、そういうことだった。
「・・・あっしも、怖かったんでござんす。また、木の実をぶつけられるんじゃないかと思って・・・
そしたらあっし、あなたの前に飛び出してたんでござんす。威嚇するつもりで・・・」
まさか、優しくされるなんて、思ってもみなかったのだった。
「・・・木の実をぶつけられたって?」
と、テンはヤミカラスの台詞から、ようやく気付いたことがあった。・・・そうか、もしかしたらこのヤミカラスは、
うちの兄ちゃんたちに苛められて、ああなっていたのかもしれない。そう思うと、非常に申し訳ない気持ちで一杯になった。
「・・・ごめんね!うちの兄ちゃんが、悪いことしちゃったみたいで・・・」
テンは、そう言って頭を下げたが、ヤミカラスはまた、びっくりしてしまった。
どうしてこの子が謝ったりするんだろう・・・その優しさが、温もりが、よくわからなかった。
よくわからなかったけれど、なんだかとても胸がいっぱいになった。
「・・・あっ、そうだ!お詫びの印に・・・はい、これ」
そう言って、彼は持ってきたオボンの実の一つを、尻尾で掴むと、ヤミカラスに渡した。
「これ・・・食べて、いいんでござんすか?」
「うん、勿論!」
ヤミカラスは、それを口に入れた。表面は、少し辛かった。さっきのマトマの実の汁が、
テンの尻尾についていたからだった。
「あっ・・・ごめん!ちょっと辛かったでしょ!?」
けれど、ヤミカラスには気にならなかった。それよりも、中身の果実があまりにおいしくて、びっくりした。
好物の味とはまた異なっているけれど、言葉にできないおいしさが、その中に含まれているような気がした。
胸の奥から込み上げてくるような何かが・・・テンがくれた優しい気持ちが、沢山その中に詰まっていたのだった。
「ごくっ・・・ぷは!・・・す、すっごく美味しかったでござんす!」
一つの実を全部食べ干すと、ヤミカラスはそう言った。それに、テンは笑ってこう言う。
「本当?ありがとう!よかった、頑張って持ってきた甲斐があったよ!」
ありがとう?ヤミカラスは首を傾げた。それは、彼が初めて耳にする言葉だった。
でも、その言葉の中に込められた温かいものを、彼は感じとることができた。
ありがとう・・・彼は、その言葉を頭の中で反芻してみた。
「こちらこそ、ありがとう、でござんした・・・」
そして、自分も実際に口に出して言ってみた。使い方が正しいか間違っているかは、正直自信はなかったが、
響きとしては、とてもよかった。そして、言われた方のテンもまた、にっこり笑った。
よかった、どうやら間違っていなかったようだ。
「ねぇ」
と、再びテンは口を開いた。
「僕たち、トモダチになろうよ」
・・・トモダチ?
それも、ヤミカラスの知らない言葉だった。けれどもその言葉に、ヤミカラスは視界がぼやけるのを感じた。
また、わけがわからなかった。一体、どうしたというのだろう、これは・・・哀しみでもない、憎しみでもない。
嬉しくて涙が出てくるなんて、今までのヤミカラスには考えられないことだった。きっと、
テンもそう思うに違いない、と思った。ヘンなやつだと思われるだろう、そう思って、少し怖くなった。
けれどエイパムは、そんなヤミカラスを馬鹿にしたりなんてしなかった。
優しい顔でヤミカラスに微笑みかけると、手で翼をぎゅっと握った。元々発達していないエイパムの手だ、
殆ど感触すら無いようなものだった。けれど、溢れるような温かい気持ちは、とても強く感じることができた。
風が、再び訪れた。今度は、まるで二本の大きな手で抱きしめるように、この一羽と一匹の体を優しく包むと、
微かな笑い声を木の葉のざわめきとして残し、どこかへ過ぎ去っていった。
テンは、兄たちがいないことが、最初は怖かった。なんと不幸な目にあったのだと思った。
けれど今は、こうやって新しいトモダチに巡り合えたことを、心の底から喜んでいた。
ヤミカラスもまた、ついさっきまで、ひとりぼっちだった。そしてこの深い森に辿り着いたことを、
酷く絶望的に感じていた。だが、お蔭で生まれて初めて、心を通じ合える他者と出会うことができた。
それは、彼が生まれて初めて感じる、幸せ、というものだった。
この一羽と一匹を結びつけたものは何だったろうか。やはり、優しさでは物足りない。だとすれば、
お互いがお互いを認め合うという、心の清さだろうか。どちらの心も今は、森の中の小川を流れる水のように、
とても透き通っていた。その心を持ち合うことで、お互いの強さも、弱さも、認め合うことができた。
それこそが、自分ひとりの強さを誇ることよりも、もっと貴重で、大切なことなのかもしれない。
と、その時だった。
突然、場の温もりを消し去ろうとするような激しい風が吹き、
それと共に、ばっさばっさと何か大きな鳥が羽ばたくような音が聞こえた。
