Pokemon QuestⅠ:夢の中の魔道士~The beautiful World~
地面に落ちて潰れたマトマの実を食べるヤミカラスに、面長のエテボースはこう叫んだ。
「きっっっっったない!汚いヤミカラスですねぇ!」
「へへっ、違えねぇや!きったねぇヤミカラスだ!俺の食いかけを、しかも潰れてんのに、アイツ、食ってやがる!」
先程までの怒りはどこへ消えうせたのか、太っちょも面長に応じるように、そう叫んだ。
言いたいやつには、言わせておけばいい。ヤミカラスはそう思った。どうせ、嫌われてるのは前々からだ。
べちゃっ・・・。
だが、エテボースは口でいうばかりではなかった。ヤミカラスの顔で、マトマが潰れた。
汁が飛び散り、ヤミカラスの顔は、まるで返り血を浴びたように赤く染まった。
「へへっ、前よりマシになったんじゃねぇのか?」
「より極悪度が増しましたねーっ」
エテボースたちはケラケラ笑いながら、ヤミカラスにマトマの実を投げつけてくる。
しかし、ヤミカラスは体中真っ赤になりながらも、黙々とマトマの実を食べ続けていた。
彼らは、ご馳走してくれているのだ。そう思えば、ありがたいことじゃないか。
それに、ぶつけられることだって、別に痛くもない。マトマは軟らかい実だから。そう、努めて考えようとしながら。
やがて、ヤミカラスの反応が無いことで、エテボースたちも飽きてしまったようで、マトマの実を投げるのを止めた。
「ちぇっ、つまんねぇやつ・・・」
最後に太っちょが、捨て台詞のようにそう呟くと、二匹は何処かへ行ってしまった。それに、ヤミカラスはホッとした。
・・・いや、ホッとするなんて、おかしいじゃないか。自分は今、マトマの実を投げて貰って、
嬉しかったはずじゃないのか?だったら逆に、それが貰えなくなって、がっかりするのが普通じゃないか?
ホラ、今自分の周りには、こんなに沢山のマトマの実が落ちている。
自分が大好きな、辛い木の実だ。これを食べれば、体だって温かくなってくる筈だ。
彼は何だかムキになったように、その一つを食べた。辛さの強い果汁が、口の中で広がる。
しかしおかしなことに、体は全然温かくはならず、逆にどんどん冷えていくようだった。
それに、自分の好物のはずのこの木の実が、全然美味しく感じられない。
熟れてなかったわけじゃない、むしろ綺麗な真っ赤で、丁度食べごろの色をしているのに。
フッ・・・。
ヤミカラスは、笑った。ここで、泣いてはいけないと思った。例え偽りであっても、笑わなければならないと思った。
でないと、またあの夢を見てしまうから。ひとりぼっちで、誰からも助けてもらえなくて、誰からも嫌われていて。
森の外には何もなくて、自分はどこへも行けなくて・・・。もう、二度とあんな夢は見たくなかった。
風が吹いて、木々が揺れた。そよ風程度ではない。ちょっと強めの風に、木々はざわざわと音を立てた。
まるで、森全体がヤミカラスを攻め立てているようだった。だが、取り乱してはいけない。
凛として立ち向かわなければ。もっと、強くならなければ。
苦しいことはまだ、山ほどあるんだぞ。ヤミカラスは必死に、自分にそう言い聞かせた。
※
一方その頃、エイパムのテンは、兄に言われた通り朝食になるような木の実を見つけ出し、元の場所へ戻ってきていた。
その手の中には、溢れるほどのオボンの実があった。ただの1個や2個では、またあの太っちょの兄にどやされる心配があるからだ。
しかし、そんなに沢山の木の実を抱えたまま、これまでのように木から木へ飛び移って移動するのは至難の技だ。
だから、彼は地面の上を走ってくる他なかったのだが、何だか少し恥ずかしい思いがした。
「だから、エテボースに進化した方がいいって言ってんじゃねぇか」そんな、兄の言葉が蘇ってくるから・・・。
そりゃ、進化できるんだったらしてみたい・・・今すぐにでも!実際、テンはそう思っていた。
ところが、彼にはそれができなかったのだ。
エイパムは、ダブルアタックという技が使えるようになって初めて、エテボースに進化することができる。
手のように自由に動く、長い尻尾を素早く動かして繰り出されるその戦闘の技を使えるようになるには、
それだけ充分尻尾が丈夫でなければならない。
けれども彼の尻尾は生まれつき、移動には大して困らないにせよ、戦いに適するほど丈夫ではなかったのであったのである。
だから、彼が戦いの無い街に行き、音楽家として生きることを望むのは、そのためであった。
けれど、その夢を語るたび、兄たちはあんな台詞でテンの夢を踏みにじろうとする。
それでも・・・!テンは、そんな兄たちに付いていかなければならない。
でないと、この物騒な森の中で自分のような弱い者は、暮らしていくことなどできないのだ。
例え仲間はずれにされようとも、必死にしがみ付いていかなければ・・・。
「おーい!」
と、今ようやく元の場所に辿り着いたテンは、木の上を見上げ、そう叫んで兄たちを呼んだ。しかし、返事は無かった。
「おーい!?兄ちゃんたち、ゴハン見つけてきたよ!?」
不安そうな声になりながら、再び叫んだ。それから2度、3度、同じことを繰り返したが、
聞こえてくるのは木の葉のざわめきだけだ。それでようやく、自分が置いてけぼりにされたことを知り、その顔に絶望を浮かべた。
絶望は、音になる。木の葉を震わせ、サワサワと心を惑わせるような不安な音を立てる。
絶望はまた、風になる。冷たい息をテンに吹きかけ、彼の心を凍えさせようとする。
そして、その絶望が形になったように、空から真っ赤な色をした何かが飛んできて、テンの前に降り立った。
突然のことにテンは驚き、ビクッと体を大きく震わせ、危うく手の中の木の実をこぼしそうになった。
が、その絶望の赤い敵は、こちらを威嚇するような厳しい視線をこちらに注ぎつつも、
その中に深い哀しみを隠していた。恐らく本人も気付いていないその感情を、テンには読み取ることができた。
それと同時に、その赤い生き物が敵でないのも、テンは知りえた。
「・・・キミ、ひとりぼっちなの?」
そしてテンは、謎の赤い相手に向かって、そんな質問をしたのだった。
それに対して相手は、敵意を失い、驚いたような丸い目で、テンを見た。
同時に、その生き物は、今自分の目の前にいる相手が、今まで見てきた相手とは随分違っていることに気付いた。
優しさ?いや、そんなものではない。
わからない・・・けれども、温かく感じる何かがそこに含まれているのを、彼は感じていた。
風が、二匹の間を流れた。それは、木の葉を大げさに震わせることもなかったし、ヒヤリとした冷たさも含んでいはしなかった。
それは、絶望ではなかった。
