Pokemon QuestⅠ:夢の中の魔道士~The beautiful World~
ヤミカラスは、天から降り注ぐ雨でびしょびしょになりながら、苔むした地面に血の混じった唾を吐いた。
もう沢山だ、こんな思いは。
しかし命というものは強情なやつで、それだけは、体が雨に打たれて凍え死ぬことを拒んでいた。
彼の意志とは反対に、ヤミカラスの体は自然と、雨のかからない木の下へと運ばれていたのであった。
本能とは恐ろしい。
自分は、自ら命を絶つことすらできないのか。
それにつけても彼は、益々表情を暗くせざるを得なかった。
ただでさえ、黒い色をしているのに。
雨は延々降り続いた。薄暗かった曇天の空は、やがて本物の闇へと姿を変えた。
月の明かりも無い、哀しい夜だった。
もっとも月が出ていたところで、今ヤミカラスのいる森の深部では、その明かりが届くことはなかっただろうが。
そのとき、前に一匹の小さなポケモンが姿を現したのを、彼は目にした。
深い闇の中でさえも美しく輝いて見えるような体毛を持つそれは、ヤミカラスが生まれて初めて見るポケモンだった。
美しいピンク色の毛は、土砂降りの中でも水を弾いて、
細く切れ長の目は、見る者へ穏やかな気持ちを取り戻させてくれるように、とても愛くるしい。
エネコだ。エネコは、口に傘代わりの大きな葉っぱを銜え、こけそうになりながらぴょんぴょんと飛び跳ねて近付いてくる。
世の中に、こんなに美しいポケモンがいたのかと、彼は見とれてしまったのだった。
ふと、ヤミカラスは一つ、くしゃみをした。
それに気がついたエネコは、一瞬驚いて体をビクン、と震わせたが、
木にもたれかかっているヤミカラスの姿を認めると、彼に対して何か嫌なものを見るような視線を送った。
「・・・うぅぅぅぅっ!うぅぅぅぅぅぅぅ~っ!!」
そしてその口から、声を漏らす。
物を銜えながらの発音で言葉にはなっていなかったが、明らかな嫌悪の意味が表れていた。
ヤミカラスはうろたえた。
自分のようなみすぼらしい姿を他者の前に晒してしまったのだ、気味悪がられて当然だ。
こんなに美しいポケモンを前にして、なんて恥ずかしいことだろう。そう思い、彼はまた深く傷ついた。
「・・・アーシア、なにを見つけたんだい?」
と、また新しいポケモンが現れた。
少し年老いたスリープ。
それも、ヤミカラスが初めて目にするポケモンだったが、彼がどういう仕事柄のポケモンであるかはすぐにわかった。
目深に被ったフード付きの紫色のマントは、レインコートにも見えなくはなかったが、
手にした光の灯る綺麗な宝石の付いた杖は、間違いない、魔道士の持ち物である。
つまり彼らは、森の外からやって来た魔道士と、その使い魔なのだ。
魔道士たちは、たまにこの森の中に姿を現しては、その辺りに生えているキノコなどを摘み取っていくのだ。
別に害のある連中ではなかったが、
ヤミカラスは今まで彼らのことは木の上から見下ろすだけに止めて、直接渡り合うことはなかった。
触らぬ神に祟りなし、触らぬソーナンスは反撃せず、というやつだ。
「バクタ様!見てくださいよ、この泥みたいに真っ黒なポケモン!街ではこんな汚いやつ、見たことありませんよ!」
銜えていた傘を主人に持ってもらうと、「アーシア」と呼ばれたエネコはそう言った。
愛らしい姿とは裏腹の、刺のある台詞だ。
まさか、彼女の口からそんな言葉が飛び出すなんて。
ヤミカラスは一瞬ぎょっとしたが、もはや傷つくことは無かった。
世界はこんなもんだ。本当に美しいものなど、どこにもある筈ない。
自分は今まで、そんな世界で生きてきたんじゃないか。
ただ、ちょっとがっかりした。それを知っておきながら、僅かでも変な期待を持った自分に対する落胆であった。
一方、魔道士バクタは、顔に優しい笑みを湛えながら、ヤミカラスと己が使い魔の元へと近付いてきた。
「こらこらアーシア、口を慎みなさい。例えどんな姿をしていようと、
ポケモンはポケモンじゃないか、平等に扱いなさい。それにホラ、見て御覧なさい。
このポケモン、木にもたれかかったりなんてしているところをみると、怪我をしているのかもしれないしね」
そして、遠目にヤミカラスを見て、そう言った。あまり視力のいい目ではなかったのだが、その程度は把握できたのだろう。
「ま、まさかバクタ様、この鳥ポケモンを助けようってわけじゃあ・・・」
アーシアはまた、冷たい視線をヤミカラスに注ぎつつ言う。
「・・・なに?その子は鳥ポケモンなのかね」
やはり見えていなかったのか、バクタは今更のように言った。そして、こう続けた。
「それはいい。鳥ポケモンなら、いい使い魔にもなってくれるかもしれないなぁ」
げげげっ!エネコは叫び、露骨に嫌な表情をしてみせた。
一方、使い魔にしようかと言われた当の本人は、また驚くより他無かった。
自分が魔道士の使い魔になる?変なハナシだ。
変なハナシだとしか思えなかった。
しかし、悪い気はしなかったのも事実だ。
ずっと独りぼっちだった自分に、もしかしたら今、救いの手が差し伸べられようとしているのかもしれないと。
いやいや、期待などするな。
さっき裏切られたばっかりだ。
きっと、彼もそうだろう。単に、彼には自分のこの姿がまだ見えていないだけだ。
どうせ、ムックルか何か、他の鳥ポケモンと勘違いしているだけなのだ。
どんなに優しい言葉をかけてくれようと、
ヤミカラスである自分のこのみすぼらしい姿を認めれば、すぐその気持ちも変わってしまうだろう。
世界に美しいものなんて無い。世界は所詮そんな風だ。
そう考えると、ヤミカラスは思わず魔道士に縋り付こうとして伸ばしてしまった翼を、バッと引っ込めた。
「ほら、そんなに恐がらなくてもいいんだよ、小鳥さん・・・」
それでも手を差し伸べようと近寄ってきたスリープは、次の瞬間、
初めて自分が助けようとしている相手の顔を認めると、表情を一転させた。
どうやらヤミカラスの予感が、的中したようだった。
「ぎゃあああああーっ!」
魔道士バクタは裏返りそうな声でそう叫び、あとは逃げるばかりだった。
さっきまでの落ち着いた様子が嘘のように、雨に濡れた地面の泥も跳ね飛ばし、狂ったようにわめき散らしながら。
エネコも慌てて、すぐにその後を追かけていった。
魔道士にとってヤミカラスの姿は、嫌悪ではなく、恐怖としてとらえられたようだ。
それが若干意外だったにせよ、ヤミカラスはもはや無感情であった。
期待しなければ、傷つくことも無いのだ。
寧ろ予想通りの展開に、笑いさえ込み上げてくるようだった。
しかし「使い魔」のことを思い出すと、少しだけ、ほんの少しだけしゅんとするような気持ちも込み上げてきた。
どうしても羨ましかったのだ。
あのエネコのように、一緒に旅する主人がいることが。
守り、守られるというあの関係が。それを思い、今までずっと一人ぼっちだったヤミカラスは、涙をぽろぽろ零した。
