最近、つとに流行ってますね。でも、別に脳のさまざまな補完機能としてのツール・アイテム
があるのだし、鍛えなくともね。PCなんて脳の延長上にあるものですし、ケータイも
新聞も・・・・いろいろ。




稗田阿礼とか琵琶法師を目指す人にはオススメかもしれないですねー。





口琴が好きなんですが、こういうのもLOHAS系統に入るんでしょうか?
かなり健康志向ですよ。電子音ピコピコじゃなくて、人力トランスみたいな
もんですから。

情報。昔は、情報はものすごく貴重なもの

だった。金だして、新聞・雑誌・テレビなど

買って得ていたわけだが。




今は、インターネットの普及で情報はデフレ。




ホットペッパー文化というか、ホットペッパー

が出たあたりから情報過多とともに

ある一定の世界で、情報の取捨選択を

迫られるようになってしまったと思う。




自由に選んでるようで、ある一定の世界のものを選ぶという


不自由さ。

趣味というライフスタイルの部分まで、全て用意してくれるというのは

非常にありがたいと感じている。






今までだったら、ライブ会場とかジャズ喫茶とかクラブとかに赴いて

人間関係までついてきてしまうし。至れり尽くせりのサービス。






人間関係中心趣味>趣味から趣味>人間関係っぽいもの






こういう感じになってきたのでしょうか

なかなか珍しいタイプだと思う。

ドレ、ジャルール、「悪いやつはだいたい友達」系でもないし、ライムスター系とも違うし。


スピーチが好きみたいだけど。




性質は違うが、TOKYO No.1 SOUL SETあたりと近いのかなと。


スイートでそれほどアッパーでない部分。

ハイエクというと、
サッチャリズムの新自由主義をイメージしてしまうが、
彼の中で大きかったのは、ダーウィンではないかと。

一般的にダーウィンは競争して自然淘汰が生まれると。それが進化論で
、それを応用したのが、勝ち組・負け組議論のネオ・ダーウィニズムであったり
するけれど、ダーウィンは、自然淘汰的進化論にはどうも疑問を持っていたふしがある。
やはり適応できていないのだけど、なんとか生きている生物もいるんだと。


ハイエクは、市場原理主義者で、「見えざる手」論をかなり徹底させている。経済主体に任せておけば
自然とマーケットはうまいところで落としどころをみつけるのだと。spontaneous。
かなり市場より経済主体を優先させているところに、かなりアナーキーな方向に
いってしまうと思うが、むしろこんな感じで解釈している。

自由に欲望を解放することが必ずしもアナーキーに行き着くとは限らない、
むしろ、自由にやっていることが自らにとって本当に快楽であり続けるためには
そこに自ずと秩序みたいなものが出てくるはずだということ

再デビュー曲以来のスマッシュです。




「Love the island」のユーロビートリミックスのような仕上がりになっている。




編曲は、元オリジナルラブのキハラ氏



鈴木亜美, H∧L, キハラ龍太郎

Alright!(DVD付)







あの歌手がだれかれの歌手をぱくったとかなんとか

ちょっと前に問題になっていたけど、問題なのだろうか。



ローリングストーンズだって、最初はブルースからぱくり(影響)してただろうし、




日本の伝統文学たる「源氏物語」。これは当時流行していた「長恨歌」から相当ぱくった形跡がある。


和歌においては、本歌取りが一種の粋な作法でもあったわけですし。




歌の歴史を紐解くといろいろ見えてきますね。

東インド会社からの利権構造はいまだに続いているのか?



鉄鋼世界最大手ミタルスチール(オランダ)が、二位のアルセロールをTOB。

超鉄鋼企業の誕生。


オランダにはダッチシェルもあるし、世界の人間のインフラを握っている

産業に強い。こんなところで、東インド会社の系統の会社ってまだあるのかとも

思ってしまう。情報化社会、IT革命と言いつつ、第一次、二次産業は強い。



ミタルの社長がインドの方というのも・・・・・。



日経平均の振幅度合いも顕著になってきた。バブル期のように米系ファンド、バンクが動いている

とも思えない。バーナンキ氏も今の米では世界経済を劇的に動かすことはできないだろう。

劇的に動かすことができるのは、ドル対策。



ロシアも今や富豪国家であるし、オイルは強いですね。オイルマネーが世界中の市場を動き回って

ひっかきまわすのかもしれない。

「襟裳岬」

これは、かなーりの名曲。音を楽しむとか、人生とか四方八方をおさえた歌。

森進一, 岡本おさみ, 馬飼野俊一, 阿久悠, 森岡賢一郎, カラオケ, 松木謙一
襟裳岬/さらば友よ

日本の歌って、リズムとかメロディとかよりも
ちょっと独特な構成になってる気がします。

演歌なんて、歌い上げる際に「こぶし」を効かせる技術が最も
人々の胸を打つのではないでしょうか。




それと妙に刹那的な歌詞。西田佐知子とかさ。アカシアの雨にうたれてしにた~いとか。

洋楽も邦訳カバーすんとすんごくせつなくなるんだよなあ。草刈正雄の「アローンアゲイン」
(ギルバートオサリバン)

♪オウ 楽しいことが何も起こらないなら
心にきめたこと 始めるだけさ
塔にのぼり 身を投げろよ
素晴らしい 見せ物だ♪

草刈正雄、これをすんごくさわやか~な声で歌ってるんだよ。たまんない。


全部推測だけど

①「こぶし」は歌舞伎の見得とか能とかにつながってる気がする。
②「歌詞」は、どこか仏教につながってる気がする。バラモン教(輪廻転生)からの仏教じゃなく、
本願寺の仏教でもなく、親鸞的刹那。

最近は演歌系の人より、J-POP系の人のほうが昭和歌謡に連なってる。たとえば松浦亜弥。すごく
「こぶし」を効かせて歌っている。刹那??うーん・・・アイドルだから刹那的だな。うん。