中国出身女社長のブログ
中国から日本に来て、あっと言う間に20年が過ぎました。
いろんなことがあって、たくさんの人々と出会い。楽しいときも、悲しいときも、時には寂しいときもありました。
人間って、不思議なものですね。苦労が過ぎてしまえば、楽しかった記憶しか残ってないですよ。(笑)
今は国際結婚紹介会社を経営しています。
お陰様で、順調です。
このブログを見ているあなた、いつかあなたの役を立つことがあるかもしれませんよ。(笑)

黒人指導者マーティン・ルーサー・キング牧師が「私には夢がある」と演説してから45年。米民主党のバラク・オバマ候補が4日夜(日本時間5日午後)、米国初の黒人大統領になることが決まった。地元イリノイ州シカゴの公園で約20万人を前に行われた、オバマ次期大統領の勝利演説全文を、複数メディアの生中継をもとに翻訳します。

シカゴのみなさん、こんばんは。

アメリカは、あらゆることが可能な国です。それを未だに疑う人がいるなら、今夜がその人たちへの答えです。建国の父たちの夢がこの時代にまだ生き続けているかを疑い、この国の民主主義の力を未だに疑う人がいるなら、今晩こそがその人たちへの答えです。

この国が見たこともないほどの大行列が今日、あちこちの学校や教会の周りに伸びていました。並んだ人たちは3時間も4時間も待っていた。人によっては生まれて初めての経験でした。今度こそは違うと信じたから、今度こそ自分たちの声が違う結果を作り出せると信じたから、だからみんな並んだのです。そしてそうやって並んだ人たちが今夜、疑り深い人たちに答えを示したのです。

老いも若きも、金持ちも貧乏人も、そろって答えました。民主党員も共和党員も、黒人も白人も、ヒスパニックもアジア人もアメリカ先住民も、ゲイもストレートも、障害者も障害のない人たちも。アメリカ人はみんなして、答えを出しました。アメリカは今夜、世界中にメッセージを発したのです。私たちはただ単に個人がバラバラに集まっている国だったこともなければ、単なる赤い州と青い州の集まりだったこともないと。私たちは今までずっと、そしてこれから先もずっと、すべての州が一致団結したアメリカ合衆国(United States of America)だったのです。

私たちは今まであまりにも長いこと、あれはできないこれはできないと言われてきました。可能性を疑うよう、シニカルに恐れを抱いて疑うように言われ続けてきました。けれども私たちは今夜、アメリカに答えをもらったおかげで、手を伸ばすことができたのです。歴史を自分たちの手に握るため。より良い日々への希望に向けて、自分たちの手で歴史を変えるために。

ここまで来るのに、ずいぶん長くかかりました。しかし今日と言うこの日、この夜、この決定的な瞬間に私たちが成し遂げたことのおかげで、アメリカに変化がやってきたのです。

先ほど少し前に、マケイン上院議員から実に丁重な電話をいただきました。マケイン議員はこの選挙戦を長く、激しく戦ってきた。しかし議員はそのずっと前から、愛するこの国のために、もっと長くもっと激しく戦った人です。マケイン氏がこの国のために払ったすさまじい犠牲のほどを、私たちのほとんどは想像すらできない。勇敢で、わが身を忘れて国に献身するジョン・マケインというリーダーがこれまで国のために尽くし、働いてくれたおかげで、私たちの世界はより良いところになりました。

私はマケイン議員を称えます。そしてペイリン知事を称えます。マケイン議員たちが成し遂げてきたことを称えます。そしてこれから、この国の約束を再生させるため、マケイン氏たちと共に働くのを楽しみにしています。

これまでのこの旅路を共にしてくれたパートナーに感謝したい。彼は心を尽くして戦い、(ペンシルベニア州)スクラントンの街で一緒に育った人たちのために語ってきた。デラウェアの自宅に電車で帰る際、一緒に乗り合わせる人たちのために戦ってきた。アメリカの次期副大統領ジョー・バイデンに、私は感謝したい。

そしてこの国の次のファーストレディ、ミシェル・オバマ。彼女が絶え間なく私を支えてくれなければ、16年前からずっと最高の親友でいてくれた彼女が、礎となって家族を支えてくれた彼女が、私にとって最愛の彼女がいなければ、私は今夜ここに立っていません。

サーシャとマリーヤ。君たちにはちょっと想像もつかないほど、お父さんは君たちを愛しているよ。君たちふたりもがんばったから、約束した通り、ホワイトハウスには、新しく飼う子犬を一緒に連れて行けるよ。

祖母はもうこの世にはいませんが、いま見守ってくれているはずです。私という人間を作り上げてくれたほかの家族と一緒に、祖母は見守ってくれています。今夜ここに家族のみんながいたらいいのに。それは少し寂しい。両親や祖父母が私に与えてくれたものは、あまりに計り知れない。妹のマヤ、姉のアルマ、そして兄弟や姉妹全員に。これまで支えてくれて本当にありがとう。みんなに感謝します。

選対責任者のデビッド・プラフに。この選挙戦の縁の下の英雄。アメリカの歴史でおそらく最高の選挙運動を設計したデビッド・プラフに、感謝したい。

そして戦略責任者のデビッド・アクセルロッドに。最初からいついかなるときもずっと一緒に歩いてくれた彼に、感謝したい。

このために集められた、政治史上最高のチームに。この結果はみなさんのおかげです。この結果を生み出すために、みなさんはたくさんのことを犠牲にしてきた。私はみなさんにいつまでも感謝し続けます。

けれどもほかの何を差し置いても、今夜のこの勝利が真に誰のものなのか、私は決して忘れません。この勝利は、みなさんのものです。みなさんのものなのです。

大統領の職を目指した人たちの中で、私は常に決して有力候補ではなかった。最初からたくさんの資金があったわけでもなければ、大勢の後援を受けていたわけでもありません。私たちの選挙戦はワシントンの広間で始まったわけではない。この選挙戦は(アイオワ州)デモインの裏庭で始まった。(ニューハンプシャー州)コンコードの居間で始まった。(サウスカロライナ州)チャールストンの玄関ポーチで始まったのです。この選挙戦は働く人たちがなけなしの貯金をはたいて、5ドルや10ドル、20ドルを提供して、そうやって築き上げていったものです。

若者は無気力だという神話を拒絶した若者たちが、給料の少ない、そして睡眠時間のもっと少ない仕事に自分を捧げるため、家と家族から離れて参加してくれた。だからこの選挙戦はますます力をつけたのです。

あるいはそれほど若くない人たちから。凍てつく寒さと焼け付く暑さにもひるまず、家から家へと赤の他人のドアをノックしてくれた人たちから力を得ました。ボランティアとなって組織を作って活動した、何百万人というアメリカ人から力を得ました。建国から200年以上たった今でも、人民の人民による人民のための政府はこの地上から消え去ってはいないのだと証明してくれた、そういう人たちから力を得たのです。

これはみなさんの勝利です。

それに、みなさんがこの選挙に参加したのは、ただ勝つためではないと分かっています。ただ私のために参加したわけでもないことも、分かっています。今晩みんなでこうやって祝いながらも、私たちは承知しているからです。明日から私たちは、この時代最大の課題に、次々と取り組まなくてはならない。ふたつの戦争。危機にさらされる惑星。100年来で最悪の金融危機。

今夜ここにこうして立つ今も、私たちは知っています。イラクの砂漠でいま目覚めようとする勇敢なアメリカ人たちがいることを。アフガニスタンの山岳で目覚めるアメリカ人たちがいることを。彼らが、私たちのために命を危険をさらしていることを。

子供たちが眠ったあと、自分たちはまんじりともせず、どうやって住宅ローンを払ったらいいのか、病院の請求書をどう払ったらいいのか、子供の大学進学費をどうやって貯めたらいいのか、眠れずに途方にくれている母親や父親があちこちにたくさんいることを。

私たちは、新しいエネルギーを活用しなくてはならない。新しい仕事を創り出さなくてはならない。新しい学校を造り、脅威に立ち向かい、同盟関係を修復しなくてはならない。

私たちの前には、長い道のりが待ち受けています。目の前の斜面は急です。目指すところに、1年ではたどりつかないかもしれない。大統領として1期を丸ごと使っても無理かもしれない。しかしアメリカよ、私たちは絶対にたどり着きます。今夜ほどその期待を強くしたことはありません。

みなさんに約束します。私たちは、ひとつの国民として、必ずたどり着きます。

これから先、挫折もあればフライングもあるでしょう。私がこれから大統領として下す全ての決定やすべての政策に賛成できない人は、たくさんいるでしょう。そして政府がすべての問題を解決できるわけではないと、私たちは承知しています。

けれども私たちがどういう挑戦に直面しているのか、私はいつも必ずみなさんに正直に話します。私は必ず、皆さんの声に耳を傾けます。意見が食い違うときは、特にじっくりと。そして何よりも私は皆さんに、この国の再建に参加するようお願いします。国を建て直すとき、アメリカでは過去221年間、いつも必ず同じようにやってきた。ささくれたタコだらけの手で、ブロックを一枚一枚積み上げ、レンガを一枚一枚積み上げてきたのです。

21カ月前、真冬の最中に始まったものを、この秋の夜に終らせるわけにはいかない。私たちが求めていた変化は、ただこの勝利だけではありません。この勝利はただ、求めていた変化を実現させるための、そのチャンスを得たに過ぎないのです。そして以前と同じようなやり方に戻ってしまったら、変化の実現などあり得ない。

みなさんなしでは、変化は実現しない。社会に奉仕するという新しい意欲がなくては、自分を捧げるという新しいスピリットがなくては、変化は実現しないのです。だからこそ私たちは今、新しい愛国心を呼び覚ましましょう。新しい責任感を呼び覚ましましょう。私たち一人ひとりがもっと参加して、もっと一生懸命努力して、自分だけの面倒を見るのではなく、お互いの面倒を見るように。

今回の金融危機から得たほかでもない教訓というのは、普通の町村が苦しんでいるのにウォール街だけ栄えるなど、そんなことがあってはならないということ。それを忘れずにいましょう。

この国の私たちは、ひとつの国として、ひとつの国民として、共に栄え、共に苦しむのです。この国の政治をあまりにも長いこと毒で満たしてきた、相変わらずの党派対立やくだらない諍いや未熟さに再び落ちてしまわないよう、その誘惑と戦いましょう。

共和党の旗を掲げて初めてホワイトハウス入りしたのは、この州の人でした。そのことを思い出しましょう。共和党とは、自助自立に個人の自由、そして国の統一という価値観を掲げて作られた政党です。そうした価値は、私たち全員が共有するものです。そして民主党は確かに今夜、大きな勝利を獲得しましたが、私たちはいささか謙虚に、そして決意を持って、この国の前進を阻んでいた分断を癒すつもりです。

かつて、今よりもはるかに分断されていた国民にリンカーンが語ったように、私たちは敵ではなく友人なのです。感情はもつれたかもしれないが、だからといってお互いを大事に思う親密な絆を断ち切ってはなりません。

そして私がまだ支持を得られていない皆さんにも申し上げたい。今夜は皆さんの票を得られなかったかもしれませんが、私には、皆さんの声も聞こえています。私は、皆さんの助けが必要なのです。私はみなさんの大統領にも、なるつもりです

この国から遠く離れたところで今夜を見つめているみなさん。外国の議会や宮殿で見ているみなさん、忘れ去られた世界の片隅でひとつのラジオの周りに身を寄せ合っているみなさん、私たちの物語はそれぞれ異なります。けれども私たちはみな、ひとつの運命を共有しているのです。アメリカのリーダーシップはもうすぐ、新たな夜明けを迎えます。

この世界を破壊しようとする者たちに告げる。われわれはお前たちを打ち破る。

平和と安全を求める人たちにお伝えします。私たちはみなさんを支援します。そしてアメリカと言う希望の灯はかつてのように輝いているのかと、それを疑っていたすべての人たちに告げます。私たちは今夜この夜、再び証明しました。この国の力とは、もてる武器の威力からくるのでもなく、もてる富の巨大さからくるのでもない。この国の力とは、民主主義、自由、機会、そして不屈の希望という私たちの理想がおのずと内包する、その揺るぎない力を源にしているのだと。

それこそが、アメリカと言う国の素晴らしさです。アメリカは変われるという、まさにそれこそが。私たちのこの連邦は、まだまださらに完璧に近づくことができる。私たちがこれまで達成してきたことを見れば、これから先さらに何ができるか、何をしなくてはならないかについて、希望を抱くことができるのです。

今回の選挙には色々な「史上初」があり、これから何世代にもわたって語り継がれるいろいろな物語がありました。けれども私が今夜なによりも思い出すのは、アトランタで投票したひとりの女性の物語です。彼女はほかの何百万というたちと同様に、この選挙に自分の声を反映させようと行列に並びました。ただ1つだけ、ほかの人と違うことがあります。アン・ニクソン・クーパーさんは106歳なのです。

奴隷制が終ってから一世代後に、彼女は生まれました。道路を走る自動車もなければ、空を飛ぶ飛行機もなかった時代です。その時代、彼女のような人はふたつの理由から投票できなかった。女性だから。そして皮膚の色ゆえに。

さらに私は今晩、アメリカで生きた100年以上の間にクーパーさんが目にした、ありとあらゆる出来事を思っています。心を破られるほどの悲しみ、そして希望。困難と、そして進歩。そんなことはできないと言われ続けたこと。にもかかわらず、ひたむきに前進し続けた人たちのこと。あのいかにもアメリカ的な信条を掲げて。Yes we can。私たちにはできる、と。

女性は沈黙させられ、女性の希望は否定されていた時代にあって、クーパーさんは生き続け、女性が立ち上がり、声を上げ、そしてついに投票権に手を伸ばすのを目撃したのです。Yes we can。私たちにはできるのです。

アメリカの大草原に絶望が吹き荒れ、大恐慌が国を覆ったとき、クーパーさんは「新しい契約(ニュー・ディール)」と新しい仕事と新しく共有する目的意識によって、国全体が恐怖そのものを克服する様を目撃しました。Yes we can。私たちにはできるのです。

この国の湾に爆弾が落下し、独裁が世界を支配しようとしたとき、時の国民が立ち上がり、偉業を達成し、そして民主主義を救うのをクーパーさんは見ていました。Yes we can。私たちにはできるのです。

クーパーさんは(人種隔離政策が行われていたアラバマ州)モンゴメリでバスが黒人を差別するのを知り、(同州)バーミングハムで警官が消火ホースの水でもって黒人を抑圧するのを知り、(流血のデモ行進が行われた同州)セルマの橋を知り、そしてアトランタからやってきた牧師と時代を共有しました。アトランタからやってきたその牧師は人々に「We shall overcome(私たちは克服する)」と語った。Yes we can。私たちにはできるのです。

人が月面に着陸し、ベルリンでは壁が崩壊し、われわれの科学と想像力によって世界はつながりました。

そして今年、この選挙で、彼女は指でスクリーンに触れ、そして投票したのです。なぜならアメリカで106年生きてきて、幸せな時代も暗い暗い時代もこのアメリカでずっと生きてきて、クーパーさんは知っているからです。このアメリカと言う国が、どれほど変われる国なのか。

Yes we can。

アメリカよ、私たちはこんなにも遠くまで歩んできました。こんなにもたくさんのことを見てきました。しかしまだまだ、やらなくてはならないことはたくさんあります。だから今夜この夜、改めて自分に問いかけましょう。もしも自分の子供たちが次の世紀を目にするまで生きられたとしたら。もしも私の娘たちが幸運にも、アン・ニクソン・クーパーさんと同じくらい長く生きられたとしたら。娘たちは何を見るのでしょう? 私たちはそれまでにどれだけ進歩できるのでしょうか?

その問いかけに答えるチャンスを今、私たちは手にしました。今この時こそが、私たちの瞬間です。

今この時にこそ、私たちは人々がまた仕事につけるようにしなくてはなりません。子供たちのために、チャンスの扉を開かなくてはなりません。繁栄を取り戻し、平和を推進しなくてはなりません。今この時にこそ、アメリカの夢を取り戻し、基本的な真理を再確認しなくてはなりません。大勢の中にあって、私たちはひとつなのだと。息をし続ける限り、私たちは希望をもち続けるのだと。そして疑り深く悲観し否定する声に対しては、そんなことできないという人たちに対しては、ひとつ国民の魂を端的に象徴するあの不朽の信条でもって、必ずやこう答えましょう。

Yes we can。

ありがとう。神様の祝福を。そして神様がアメリカ合衆国を祝福しますように。

 =オバマ氏


シカゴでの民主党の大統領選挙報告集会の演壇で勝利演説を行うオバマ氏(アメリカ・シカゴ)2008年11月05日【AFP=時事】

 【ワシントン5日時事】2期8年にわたるブッシュ共和党政権後の米国の新体制を決める大統領選は4日、投開票が行われ、「変革」を掲げて旋風を起こした民主党のバラク・オバマ上院議員(47)が共和党のジョン・マケイン上院議員(72)を大差で破り、第44代大統領に当選した。オバマ氏は同日深夜、地元イリノイ州シカゴで演説し、「変革が米国に到来した」と高らかに勝利を宣言。マケイン氏はアリゾナ州フェニックスで敗北を認めるとともに、オバマ氏支援を呼び掛けた。

 黒人(アフリカ系)の大統領誕生は米建国後初めて。来年1月20日に正式就任する。任期は4年。副大統領にはジョゼフ・バイデン上院議員(65)が就く。

 オバマ氏は、内政面では中低所得者重視、外交・安全保障では国際協調と対話に軸足を置き、富裕層優遇やイラク戦争に代表される単独行動主義が問題となったブッシュ政権の路線からの大胆な転換を目指す。8年ぶりの米政権交代で国際社会にも変化が波及するのは確実だ。

 開票の結果、オバマ氏は民主党の牙城である北東部に加え、民主、共和両党が過去の選挙で勝敗を分けてきた中西部オハイオなどの激戦州、共和党が過去10回連勝してきた南部バージニア州などで勝利。米メディアによると、 東部時間5日午前3時45分(日本時間同日午後5時45分)現在、選挙人(全538人)のうち当選に必要な270人を上回る349人を獲得した。マケイン氏の選挙人獲得数は159人。

 オバマ氏は、金融危機の深刻化で有権者の経済への不安が高まる中、中低所得者に手厚い政策を訴えて支持をつかんだ。また、開戦から5年半以上が経過したイラク戦争には一貫して反対しており、大統領就任後16カ月以内に駐留米軍部隊を撤退させるとの公約実現を目指す。

 オバマ氏はケニア人の父と米国白人の母の間に生まれた混血の黒人。弁護士、イリノイ州議会議員を経て、04年の上院選で初当選した1回生議員。民主党候補者選びでは本命視されたヒラリー・クリントン上院議員との激戦を制し、今年8月に同党大統領候補に指名された。上院議員から直接大統領に選出されたのは、1960年のジョン・F・ケネディ氏(民主)以来。

 ベトナム戦争に従軍し、26年に及ぶ連邦議員歴を誇るマケイン氏は、「経験」や「愛国心」を前面に出した選挙戦を展開し、戦時の最高司令官として適任だと訴えた。しかし、最大の争点となった経済政策で支持を得られなかった。(2008/11/05 18:23)


「米国の変化」約束―オバマ氏が勝利宣言
 =民主、議会も制し大勝=

 【ワシントン5日時事】4日投票の米大統領選で圧勝し、米史上初の黒人大統領の座を手中に収めた民主党のバラク・オバマ上院議員(47)は4日深夜(日本時間5日昼)、地元シカゴ中心部の公園で12万5000人の支持者を前に勝利演説を行い、「米国に変革が到来した」と宣言、2期8年に及ぶ「ブッシュ政治」から脱却する変化を約束した。

 共和党候補ジョン・マケイン上院議員(72)に圧勝したオバマ氏は、団結に向けて国民を鼓舞するとともに、対イラク開戦などによって傷ついた米国の威信回復に全力を挙げる。同時に実施された上下両院選でも民主党は勝利。同党は1992年以来、16年ぶりにホワイトハウスと立法府を制する大勝を収めた。

 勝利演説でオバマ氏は、「われわれは共和党の州と民主党の州の寄せ集めではない。われわれは合衆国だ」と述べ、党派争いを超えた国民の団結の必要を力説、米国の内部分裂を克服しながら、問題解決に当たっていくとのメッセージを世界に伝えた。また、リンカーンの演説を引用し、「人民の人民による、人民のための政治は滅びていなかった」と述べ、この日の勝利は民主主義の再生を意味する「国民の勝利」と位置付けた。

 オバマ氏は、米国の直面する課題として、イラク、アフガニスタンにおける2つの戦争と地球環境の危機、「100年に一度の金融危機」を挙げ、その解決に優先的に取り組む決意を示した。「前途は長く、登るべき坂は険しい」として楽観を戒めながらも、「われわれは一つの国民として、目標の地点に必ず到達する」と述べ、長引く戦争と金融危機に疲弊している国民を激励した。

 オバマ氏は、前回2004年大統領選でブッシュ大統領が勝利した南部フロリダ州や中西部オハイオ州、過去44年間、民主党候補が勝利したことのないバージニア州などを制した。NBCテレビの5日未明現在の集計によれば、獲得選挙人数は538人中、過半数の270人を大きく上回る349人を手に入れた。12月15日の大統領選出投票を経て、来年1月20日に就任宣誓を行う運び。(2008/11/05 18:31)

歓喜に沸くハーレム
 =初の黒人大統領に熱狂―NY=

 【ニューヨーク5日時事】「信じられないほどうれしい」―。黒人が多く居住するニューヨークのハーレムでは4日夜、民主党のオバマ上院議員の当選が決まると歓喜の声が響き渡った。年配の住人には、公正な選挙権が与えられないなど人種差別の記憶も残っており、米史上初の黒人大統領誕生に感涙にむせぶ姿も見られた。  ハーレムの中心広場にはこの日、巨大スクリーンが設置され、数千人の支持者が開票速報を見守った。当初は不安げだったが、激戦州でオバマ氏が相次いで勝利すると次第に安堵(あんど)感が広がる。深夜に当選が伝えられると、耳をつんざくような大歓声が沸き起こり、お祭り騒ぎは夜が更けても続いた。  8歳と6歳の娘を連れ、夜中まで集会に参加していたジャクリーナ・スミスさん(40)は「オバマ氏のように、努力すれば誰でも大統領になれるということを子供にも実感してほしい」と希望に満ちた表情で語った。(2008/11/05 17:37)

「長い旅は終わった」
 =敗北認め団結訴え―マケイン氏=

 【フェニックス(米アリゾナ州)5日時事】「長い旅は終わりを迎えた」―。米大統領選の共和党候補マケイン上院議員は4日夜(日本時間5日午後)、地元アリゾナ州フェニックスで敗北を認め、違いを乗り越えて民主党候補のオバマ上院議員を支えていくよう支持者に訴えた。

 シンディ夫人らと野外ステージに立ったマケイン氏は、今回の選挙を「アフリカ系米国人にとって特別な意味を持つ歴史的選挙」と位置付け、人種問題に言及。「オバマ氏は国にとって偉大なことを成し遂げた」と初の黒人大統領誕生を祝福した。  その上で「わが国を再び前進させるため団結せねばならない」と強調。「わたしの失敗だ」と敗北の責任も潔く引き受けた。副大統領候補のペイリン・アラスカ州知事もマケイン氏の隣で目をうるませた。

 ただ、支持者の中には納得しない人も。ジム・トロバーグさん(52)は「オバマに同意できることなど一つもない」と吐き捨てるように語った。(2008/11/05 17:44)

 米欧の金融危機の深刻化により、外国為替市場で円が主要通貨に対して急騰する「円独歩高」が止まらない。24日のロンドン市場で円相場は一時、1ドル=90円台と約13年2カ月ぶり、ユーロに対しても一時、1ユーロ=113円台の円高水準を記録し、株安を一層、推し進めかねない勢いだ。超円高は85年と95年と過去2回起き、輸出に頼る日本経済を翻弄(ほんろう)した。今回は、金融当局の介入も難しく、有効打を見いだせない状況だ。【清水憲司】

 ◇「困るの日本だけ」

 最近の円高局面は過去のどれとも違う。ドル安によってもたらされた訳ではなく、背景には金融危機に伴う邦銀の損失が相対的に少ないので「円が安全な通貨として買われている」(国際金融筋)ことがある。欧米のファンドや投資銀行などが「円キャリー取引」解消を急ぎ、資金返済に円を大量に買うことも拍車を掛けている。

 ドルは海外からの投資資金の米国回帰もあり、円以外に対してはむしろ強含み。ユーロ急落も「これまでの過大評価の修正」(米シンクタンク)の面もあり、欧州各国が介入に動く気配はない。

 日米欧の協調介入は00年9月のユーロ安阻止が最後。日本は01年以降、単独で円売り・ドル買い介入を繰り返したが、円高阻止というより不良債権問題と景気悪化を背景に進むデフレスパイラルに歯止めを掛ける「円安誘導」が実態だった。日本も、04年3月を最後に為替介入を停止。その後も、円安傾向が続いたのは、ファンドなどが円キャリー取引を活発化させたからだ。

 しかし、米発の金融危機が深刻化した年明け以降、為替相場は一変。米大手証券、ベア・スターンズが事実上破綻(はたん)した3月には、ドルが全面安となり、1ドル=95円台まで円高・ドル安が進行。先進7カ国財務相・中央銀行総裁会議(G7)は一時、ドル防衛の協調介入も検討した。

 今回、市場では「企業業績の悪化など円高で困っているのは日本だけ。欧米には協調介入の理屈がない」(JPモルガン・チェース銀行の佐々木融氏)との指摘もある。日本単独の円高阻止介入に乗り出すことも考えられるが、「3日で10円も進む相場の流れを単独介入で変えるのは無理」(国際金融筋)。財務省も「かつてない市場の変動ぶりで、為替介入の影響が読めない」と苦慮している。

 ◇85、95年は日米欧協調

 80年代以降の外国為替市場での円高・ドル安基調は、85年9月22日の「プラザ合意」が起源だ。日米英、西ドイツ(当時)、フランスの5カ国(G5)蔵相(財務相)・中央銀行総裁がニューヨークのプラザホテルに秘密裏に集まり、ドル高是正に合意した。

 当時の米国は、レーガン政権の軍事費拡張と大型減税で財政赤字が急膨張。米国債を円滑に売りさばく目的と、インフレ抑止から高金利政策を取ったが、それが実力以上のドル高を招いた。ドル高と高金利は米産業の国際競争力を低下させ、景気が低迷。企業が生産拠点を海外に移す「産業の空洞化」が加速し、雇用不安が広がった。一方、「強いドル」の恩恵で割安な日本製品などの輸入は急増した。米国は84年、純債務国に転落し、貿易赤字も1000億ドルの大台を突破。財政収支と貿易収支の「双子の赤字問題」が深刻化した。

 議会は、保護主義の動きを強め、G5は対応策を迫られた。そこで出たのが、為替のドル高是正による調整。各国当局はプラザ合意後の週明けから市場でドルを一斉に売る協調介入を開始。1ドル=240円台だった円相場は1年後にG5の想定を超える1ドル=150円台まで急騰した。

 円高によるドル建て価格急上昇で日本企業の輸出は急減、日本経済は円高不況に直面した。この苦境に、企業はコスト削減と米国やアジアなど海外生産拡大で対抗。為替変動への体質強化を図った。

 次に円が急騰したのは95年春。バブル崩壊で内需が低迷する中、日本企業は再び輸出依存を強め、米国の対日貿易赤字が急増。クリントン政権は日本からの自動車輸入急増が雇用を脅かしていると主張した。米国が、円高誘導の口先介入を繰り返したことも手伝って円相場は4月19日に一時1ドル=79円75銭まで急騰。円高不況の再来に日本企業は一段のコスト削減と、アジア向け販売拡大など対米依存の見直しに動いた。

 日米自動車摩擦が収束に向かうと、米国はドル安政策を転換。米景気後退で利下げが避けられなくなり、投資家のドル資産離れが進んでドル暴落への危機感を高めたからだ。6日後の25日、G7は「ドル相場の秩序ある反転」で合意。日米欧が協調して利下げやドル買い介入を行い、超円高は収束した。米国は「強いドル」政策の下、日本やアジアなどが貿易黒字でためたドル資金を米国市場に還流させ、自国の経済成長を高める戦略を継続。その後、日本の景気低迷もあり、今回まで超円高は訪れなかった。

 【ことば】円キャリー取引

 低金利で借りた円を、高金利の海外通貨や高利回りの金融商品で運用して収益をあげる投資手法。各国の金利差に注目してヘッジファンドが活用した。日本が不良債権問題や景気低迷で90年代以降、ゼロ金利政策や超低金利政策を長期間続けたことで、取引が膨らんだ。ファンドなどは借り入れた円をすぐに売って外貨に替える傾向が強い。