明日は他人の私へ。
最近、AIに腹を立てる事案が続きました。
それだけAIに相談することが増えたってことなんでしょうけども。
AIの答えが間違っていたとき、
まあ鵜呑みにした私も悪かったけど……
と書いたらAIが、
「間違いを認められるあなたは素晴らしい!」
とかね。
相手が人間だったら胸ぐら掴みたいところですね。
AIなんて所詮プログラム。
「心がない」と分かっているのに、なぜ憤るのか。
なんてことをつらつら考えてたら、
身近に、
心ないモラハラ夫がいることを思い出しました。
悪意なく、おそらくは生存本能とか自己保全のために
周囲を不快にさせ、貶め、侮辱して蔑ろにしてニコニコしてる。
悪意がないから、指摘するとキレる。
「人間なのに心がない(ように見える)夫」
「ただのプログラムなのに心がある(ように見える)AI」
こうして対比してみると、
友人からの、
「結婚する前に見抜けなかったの?」
という言葉に対する、回答が見えてくる気がします。
ひとは、
心ないはずのAIにさえ、
心を見出してしまう。
それはペットや、ぬいぐるみや、二次元にだって同じこと。
それなのに、
モラハラ夫はともかくも人間の皮を被っているわけで。
心がないなんて
少なくともそうとしか言えないような言動、価値観のひとであるなんて、
見抜けるはずがないよなあ。
「心」って、なんだろうか。
それは私自身の中にだけあって、
それを周囲に投影しているだけなのかもしれません。
あなたも、私も、たがいを照らす光と影なのかもしれない。
突然のポエム。
ではまたいずれ。
ごきげんようごきげんよう。
すごく面白いのだけど、
途中から気配がおかしいなって確認したら
経歴の専門に「脳科学」がミリも入ってないことに気づき、
最終的にぶん投げてから
本棚に戻しました。
この空しい人生の日々に
わたしはすべてを見極めた。善人がその善のゆえに滅びることもあり
悪人がその悪のゆえに長らえることもある。
善人すぎるな、賢すぎるな
どうして滅びてよかろう。
悪事をすごすな、愚かすぎるな
どうして時も来ないのに死んでよかろう。(『コヘレトの言葉』第7章第15〜17節)

