明日は他人の私へ。

 

忙しいと、

手帳を開く時間がてきめんに減ります。

 

対策としては、

手帳を肌身離さず持ち歩くことだろう

と、

いつも思うんですけども。

 

「肌身離さず」って

どういうレベル?

 

バレットジャーナルを始めるとき、

本には書いてありました。

 

 

「きみが肌身離さずもっているそのノートにはなにが書いてあるの?」

 

定番として

辞書的な意味を調べれば

そのまんま、

身体から離さず、です。

 

けども事実レベルでは?

 

ちなみにスマホは

今のようにスマホポーチなんて便利なものが

商品化されて売られる前から

パスポートケースにショルダーストラップつけて

「ストラップ切られて盗まれたらどうするんですか!」

とか

「七つ道具でも入ってるの?www」

とか

叱られたり笑われたりしながら

文字通り肌身離さず持ち歩いているんです。

 

それはつまり、

トイレにも。

 

でもさ。

 

手帳は、トイレに持ち込まなくない?

 

それともやはり、

周囲のひとから

「きみが肌身離さずもっているそのノートには……」

なんて尋ねられるレベルの「肌身離さず」とは

トイレにも持ち込むことなのでしょうか。

 

で思い出したけど

昔お仕えした上司に

6穴ファイルを肌身離さず持ち歩いている方がいて

資料やアイデアなどをすべてそれにはさんで

持ち歩いているんだとか。

最後にお会いしたとき、

そのファイルをどこかへ置き忘れたとおっしゃってたので

見つかったのかどうかが

思い出すたび気になるのです。

ファイルですべて管理するというところが

なんか勝手に同好の士みたいに思って

共感してしまったんですよね。

 

ええ、でね。

 

やっぱ、ガチで「肌身離さず」持ち歩くのが良いのでしょうか。

トイレにまで。

 

でもさ。

スマホはポーチに入ってるからいいとして。

手帳はそうもいかなくて。

 

トイレというのは、

ちょっと荷物を置くスペースの

あるところもあれば、ないところもあり。

 

荷物をひっかけるフックしかないトイレなら

そうと知らずに手帳を持って入ったら

 

詰む、のでは?

トイレの床に置きたくないけど

膝の上や胸に抱えながら用を足すなんて

そそっかしい私のこと

水没させかねない。

 

ああ!

そういえば昔、

ほぼ日手帳とPORTERがコラボしてたっけ!

 

と、

ほぼ日手帳を卒業し、

未練もキレイになくなってから

久しぶりに検索してみました。

 

 

 

あるやん。

 

もう、スマホも手帳も

全部こういうのに入れて持ち歩く?

さすがにこれを

会社でぶら下げてうろうろするのは

いや、

シンプルに、

四六時中、このサイズを斜めがけしてるのは

 

肩こらない?

 

でも、

字義どおり「肌身離さず」持ち歩くなら

この方法がベストだよなあ……。

 

ああ……。

 

ようやく、

四六時中、スマホをいれたポーチをぶらさげてるのが

誰にも笑われない、当たり前の世の中になったのに。

 

今度はデカすぎるポーチ

もはやポーチじゃねえだろレベルのでかいのを

ぶら下げてあるいて

笑われるのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

ま、

それも本望だな。

 

いや、まだ決意はしてませんが。

無しではないなって。

有り寄りだなって。

 

悩みは果てしもないのであった。

 

ではまたいずれ。

ごきげんようごきげんよう。

 

 

この空しい人生の日々に
わたしはすべてを見極めた。善人がその善のゆえに滅びることもあり
悪人がその悪のゆえに長らえることもある。
善人すぎるな、賢すぎるな
どうして滅びてよかろう。
悪事をすごすな、愚かすぎるな
どうして時も来ないのに死んでよかろう。

(『コヘレトの言葉』第7章第15〜17節)