明日は他人の私へ。

 

自分の聞きたいことしか聞かない

聞いていても自分の都合のよいように

改変されてるんじゃないか?

という仮設を綿々と書き連ねたのは

もう何年も前のことです。

 

  カラーバス効果、カクテルパーティ効果。

意識してるものが

やたら目につくようになるのが

カラーバス効果。

 

カクテルパーティーのような

さまざまな雑談が聞こえてくる場で

自分の名前などは

自然と聞き取れるというのが

カクテルパーティー効果。

 

その効果の影で、

では、

見えているのに見えていない、

聞こえているのに聞こえていないことも

あるんじゃない?

 

聞こえているけど

脳が処理してくれてない、みたいな。

 

 

  自分にだって起こりうる。

勘違い男の流れでつらつら書いたこと。

 

若い女性から「誰か良いひと紹介してくださいよ〜」を、

なぜか自分に言い寄ってきてると解釈し、

妻子がいるのにどうしよう〜と鼻の下のばしてた先輩。

あの子は彼氏いますよ、というと、これまたなぜか、

大丈夫、君もまあまあかわいいよ〜

と返してきて、

「彼氏いますよ」がちゃんと耳に入って理解されるまで

何ターンもやりとりしたこと。

 

禁煙中だと何度言っても

若い女が男の前で喫煙するのをためらっている、

という超解釈で、

喫煙せざるを得ない状況に追い込まれたこと。

 

これらは、

ひでぇ目にあった、

という思い出話ではありますが、

何度も思い出すたび

 

自分にだって同じことが起こりうる

 

と言い聞かせているのです。

 

つまり私だって

相手の話をちゃんと聞いている、聞こえているつもりなのに

謎な理解の仕方をして

相手を当惑させることが

ありうるんだぞ、と。

 

それが、あったんです。

相手のいない話ではあるけれど。

なかなかにショックでした。

 

  相手はオーディオブック。

 

 

オーディブルでね、

朗読が白井悠介さんなんスよ。

あと、

刃牙要素がたまらなくて。

 

で、

通勤で毎日聞いてる。

繰り返し聞いてる。

少なくとも3回は聞いてる。

 

にもかかわらず。

 

先日、

えっ

て驚いたんです。

そうなの!?

って。

 

中世が暗黒時代と呼ばれている話のあたり。

 

端的に言ってしまえば、「宗教が世界を支配する迷信の時代」が長く続いたからだ。(中略)このときに教会組織が民衆から書物を奪い取り、「古代」から脈々と続いた「教育」の糸を断ち切ってしまったのである。(27 ニュートン地上でも天空でも「存在」は同じ法則で働く)

 

えっ

そうなんだ!

 

って。

突然、スパークしたんです。

 

中世が暗黒時代と呼ばれてる、

でも実際はそうでもなくて〜

というのも知ってる。

けど、

なぜそう呼ばれるかは

はじめて聞いた〜

なんて。

 

いやいやいや、

これ何度も聞いてる。

 

前にこのくだりを聞いたときなんか、

 

ファウンデーションって

そういうことに危機感をもって百科事典をつくります

っていうスタートだったよなあ、

なんて感想をもった。

 

 

これもコミカライズがあったわ。びっくり。

 

ええ、つまりね。

 

このくだりを

私は聞いていて

教育が奪われたって話だと理解していて

 

にもかかわらず、

唐突に、

 

ああ!

 

ってなったんです。

 

教会、迷信、教育、中世、暗黒。

 

それらのワードが

ようやく有機的につながって

意味を理解した、

みたいな感じ。

 

ものすごく、

 

いまはじめて聞いた!

 

て感覚になったんです。

 

そんなはずは、絶対にないのに。

 

これか。

聞いているのに、聞こえていないって。

 

 

さまざまに本を読んでいて

あれとこれがつながって、

そうか!

っていうスパークとは

全然違う感じでした。

 

ちょっと最近、

こういう経験が増えてきた気がします。

 

なんだろう。

瞑想を習慣にしようって

頑張ってるから?

それとも、最近のみはじめたサプリメント?

 

くたびれすぎて、

とうとう買っちゃったんですよ。

トリプルフォース。

 

糖代謝とか

全然よくわからないけど

なんかもう藁にもすがる思いで。

 

おかげで元気になった、

という感じはまだありません。

 

けど、

妙に脳が冴えてる感覚は、あって。

それがこいつのせいとは限りません。

瞑想のおかげかもしれない。

だいたい寝ちゃったり

あれこれ妄想でとっちらかったりしてるけど。

 

何度も聞いてるオーディブルなのに

はじめて聞いた!

て感覚が、

正直おっかなかったので

書き留めておくのです。

 

ではまたいずれ。

ごきげんようごきげんよう。

 

この空しい人生の日々に
わたしはすべてを見極めた。善人がその善のゆえに滅びることもあり
悪人がその悪のゆえに長らえることもある。
善人すぎるな、賢すぎるな
どうして滅びてよかろう。
悪事をすごすな、愚かすぎるな
どうして時も来ないのに死んでよかろう。

(『コヘレトの言葉』第7章第15〜17節)