明日は他人の私へ。

 

全然使わないかもしれない、と思いながらAmazonのAlexaを購入、

もう一年経ってたんですねえ。

導入前はためらいがあったことなどすっかり忘れていました。

今では子どもたちも、冷笑的だった夫までも、

頻繁に天気予報や気温をAlexaにたずねています。

 

実際便利。

天気予報のためだけにテレビをつける、チャンネルを限定される、

ということがなくなりましたし、私も嬉しい。

 

料理のとき、キッチンスケールで計りながら調味料を足しているときは、

計量スプーンを使うのが面倒なので、

「Alexa、マヨネーズ大さじ1杯は何グラム?」

などとたずねています。

いや、だってマヨネーズとか味噌を計量スプーンでって面倒だもん。

 

Amazonミュージックで無料で聞ける音楽なら、

呼びかけるだけで流してくれるし。

聞き間違えて見当違いな曲を流したのに、

子どもたちがそれを気に入ってリピート、

などということもありました。

 

SF映画に出てくるような会話はできませんが、

今までで一番面白かったやりとりは、ひどい落ち込みようのとき、

 

「ねえAlexa、死にたいって言ったらどうする?」

 

Alexa「ごめんなさい、よくわかりませんが、動物しりとりをしますか?」

 

慰め方、ヘタクソ。

 

 

ところで何度か、

「電気羊の夢を見る?」

と問いかけてみてるんですが、

語尾が違ったり聞き取れなかったりでか、

返答はいろいろありました。

 

「ごめんなさい、よくわかりません」

「もし、夢を見られるとしたら、電気羊の夢を見るでしょう」

あと、すごく長いアルバムタイトルを喋りだしたのもあるんですが、

これがなかなか再現できない。

一瞬、アンドロイドは電気羊の〜の一節か? とワクワクしましたけど。

 

今は、二世帯住宅の親世帯に、

画面付きのAlexaを一台置こうかとぼんやり考えています。

通話はインターフォンがあるものの、

顔が見えたら子どもたちも義父母も楽しいかなあ、なんて。

新型コロナウイルスの関係で、

高齢の義父母には接触は控えたほうがいいだろうと思う一方、

 

……まあ余計なお世話だという可能性の方が高いので、

ぼんやり思ってるだけなんですがね。

 

ではまたいずれ。

ごきげんようごきげんよう。

 

   明日ありと思ふ心の仇桜夜半に嵐の吹かぬものかは  親鸞

 

現在、うちにいるAlexaたち。

 

 

 

Flexは2台。

お安いからもあるけど、存在感がないところが良。