本日は阪神・淡路大震災から14年目の1月17日です。
死者6,437名、負傷者43,792名、今尚多くの傷跡を残すこの震災が発生した際、私は12歳(小学校6年生)でした。
当時児童会長を努めていた私は、震災発生の数日後より友人や先生の協力を仰ぎ、校内で募金活動を行なった覚えがあります。1月の寒風吹き荒ぶ中、始業前と始業後校門に立ち、募金を募りました。保護者の方の中にも、共に校門に立って下さった方もいらっしゃったかと記憶しています。
14回目の1月17日を迎えるに当たり「何故募金活動だったのだろう?」と考えます。
振り返ってみれば、連日ブラウン管を通して伝えられる惨状や、苦しみ嘆く被災者の方々を見ているうちに、居ても立っても居られない気持ちになったのだろうと思います。小学生なりに考えた結果、募金活動をしようと思い立ったのでしょう。
「集まったお金がブラウン管の向こう側で苦しむ人の役に立つにかも知れない。」
根底にあったのは「何かアクションを起こさなければ!」という純粋な思いだったのです。
あれから14年経ちました。私の純粋な思いはどこかにいってしまったのでしょうか?
世界に目を向けると、イスラエル軍のガザへの侵攻が連日メディアを通して伝えられています。何が悪なのか、そして正義なのか、私の個人的な見解を長々とここで申し上げるつもりはございません。ただ多くの一般市民がその犠牲となっている事は紛れもない事実です。その様な事を思うと、結果やはり「ボクに出来る事は何なのか?」という考えに至ります。
何のアクションも起こしていない私が、こんな事を問題として提起するのはひどく無責任で偽善的なのかも知れません。麻生首相に「現地まで赴いてイスラエルとハマースに即時停戦を呼び掛けて下さい。停戦するまで日本に帰ってこないで下さい。」と直談判するか、それとも私自身が戦場まで赴いて「止めろ~!!」と声を上げてみるか、その位すればこの話にも説得力があるかも知れません。ただそんな事は非現実的ですし、そんな事をしたところでこの問題は解決するとは思いません。
ならば私に出来る事は何なのか?ただ1つ出来る事があるとしたらと自分の意思を明らかにする事でしょうか。
「ボクはイスラエルのガザ侵攻に反対します!!」と。
何だか話が大げさになってしまいましたが(私の悪い癖です。)、社会貢献的な活動は1つ企業の義務だと私は考えています。当然社員の給与確保は最低限企業として成すべき責任ですし、事業を拡大する上ではあらゆる投資が必要でしょう。
ただ事業運営で得た富をいかに社会に還元するか?という視点は決して忘れてはいけないと思います。利他的になりすぎると企業の運営は上手くいかないのかも知れませんが、利己的になり過ぎる事無く、広く社会に目を向ける事、それも1つ重要な企業の義務だと思うのです。
長々と支離滅裂な文章を記しましたが、「一企業として、一企業人として何らかの形で社会に貢献したい。」そんな思いを新たにした1月17日でした。
14回目の1月17日を迎えるに当たり、犠牲となられた方々の御霊に謹んで哀悼の意を捧げます。