こんにちは、ウェルネス・コーディネーターのToshiです。

本日は、阪神淡路大震災から26年の日。

さまざまな自然災害やコロナ禍で、何となく心が滅入ることが多い昨今ですが、しなやかな“心のレジリエンス”による、主観的な幸福感を保つことは、とても重要なことだたと思います🍀

下記は、禅の僧侶、玄侑宗久さんの、「両行」という考え方、感じかたについてのメッセージです。

とても、示唆的です‼

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相反する感情を認める「両行」。

二元論的な価値観にとらわれないその考え方は、日本人の特徴といえる。つらいから忘れないとやっていけないけれど、忘れられない。自然災害に繰り返し襲われた日本では、そんな矛盾した感情がはぐくまれた。「無常」と「あはれ」だ。

すべてのものは「無常」、移り変わっていく。「あはれ」とは心に刺さることで、「かなしい」でも「うれしい」でも感情の方向性は問わない。

〈中略〉


災害の多い日本では、自然とどうつきあうかが最大のテーマだ。うまく対処する、それが「しあわせ」だが、奈良時代は「為合せ」と書き、合わせる相手が「天」だから「運命」とほぼ同意だった。室町時代には「仕合せ」になり、相手が人に変わる。相手がこうきたからこう対応しよう、それが「仕合(試合)」となった。つまり受け身の対応力が「しあわせ」なのだ。

新型コロナが猛威をふるっているが、奈良時代にも大地震や飢饉、天然痘の流行が相次ぎ、多くの死者が出た。聖武天皇は華厳経がすべての人を照らすと説く「毘盧遮那仏(びるしゃなぶつ)」を大仏として東大寺につくった。この「すべての人を照らす」「世の中すべてのものに序列をつけない」という華厳の思想が、これからの日本社会にとって重要ではないか。七福神はインド3人、中国3人、日本1人で、7人に共通するものは何もない。「八百万(やおよろず)」の発想で、「みんなちがって、みんないい」というモデルだ。同調圧力やイジメ、差別なんてない。

復興というが、何を取り戻すべきなのか、目指すべきはどういう社会なのか。新自由主義や市場原理主義のモノサシで効率性や利便性ばかり求めるのではなく、「日本人の心のかたち」に立ち返るべきではないだろうか。

【GLOBE➕より抜粋】