こんにちは、ウェルネス・コーディネーターのToshiです。
福岡伸一さんの新著、『生命と記憶のパラドクス』を読みました。
ベストセラーとなった、『生物と無生物のあいだ』、『動的平衡』同様、生命と進化、記憶と行動について、自然科学の視点と哲学的な視座から書かれたもので、読んでいて、物事の受け止めかたが、深く広がるような感じがします。
自らを、「福岡ハカセ」と三人称化して書かれたエッセイ集なので、いつでもどこからでも気軽に紐解けます。
「退化は進化
」から、一部を紹介させていただきます。
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一般的に言って、ある機能が失われることは、不利になることはあれ、有利に働くことはまずない。
だから、もし「退化」が受け継がれ、種の中で広がり、形質として固定されるためには、その退化に積極的な理由が必要となるのだ。
つまり、「退化」には進化的な意味がなければならない。不用だから消えたのではく、消えたことが有利でなくてはならない。
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光が全くささない洞窟の奥深くに生息する生物の中で、視力が退化している昆虫や魚がいるという。
「使わないものは衰える。」
しかし、生物の遺伝という観点で見てみると、これは”退化”ではなく、”進化”だということです。
視覚を失うことに、何の有利さがあるのでしょうか![]()
それは、光のない暗闇の世界では、必要のない視覚を退化させることによって、余分なエネルギー消費を防ぎ、その負荷とエネルギーを別のことに回そうという、「退化の有利さ」が働いたという解釈です。
なるほど![]()
発想の転換ですね![]()
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私も、「生命の原理」に従い、より有利になる(進化する)視点で、日々の行動の中で、「手放す・受け入れる」選択を、より一層精査していこうと思いました。
