こんにちは、ウエルネス・コーディネーターのToshiです。


今日の産経新聞に、「松本サリン事件」被害者の、河野義行さんの記事が掲載されていました。


エネルギー心理学の視点から、とても感銘深い指標だと思い、ご紹介したいと思います。


みなさんは、「松本サリン事件」をご存知でしょうか!?


平成6年6月、松本市の住宅街でオウム真理教が猛毒のサリンを散布。8人が死亡、660人が重軽傷を負った事件です。


教団松本市部の立ち退き訴訟を審議していた裁判所松本支部の官舎を狙った犯行でしたが、警察は当初、現場近くに住み、事件の第1通報者だった、河野義行さんを犯人視する報道が続きました。


その後、平成7年3月、オウム真理教による、「地下鉄サリン事件」が起こり、松本サリン事件も、オウムの犯行とわかりましたが、その間、1年近く、河野さんは、この事件の被害者であるにもかかわらず、犯人扱うされたわけです。


河野さんは、『「恨み」を持ち続けながら生きていくことは不幸だ。たとえ、加害者であっても被害者であっても・・・』と言います。


だからこそ、松本サリン事件を起こし、自らの家族を苦しめ、妻の命を奪った実行犯らに対して、私たちでは考えられないような寛大な態度で接してこられました。


この事件、および、地下鉄サリン事件で死刑判決を受けた教団幹部の4人と面会し、何と彼らの謝罪を受けたのです。


『何が変わるわけでもないが、彼らの気持ちが、少しでも穏やかになればいい』と、河野さんは、面会時の意図を語ります。


10代で入信し、“オウムの申し子”と呼ばれた井上嘉浩死刑囚からは、死刑に対する認識を聞き、「終わり(死刑)は、終わりなの?」と問うと、井上死刑囚は、「自分の終わりは、始まりです。」応じ、河野さんは、「人生をやり直すという考えがあるなら、安心しました。」と絵顔を見せたそうです。


また、サリン噴霧車を製造し、懲役10年の刑を受けた、元受刑者とも、「交友」を深めているそうです。


出所後、申し訳なさそうな顔で自宅前に現れた元受刑者が、服役中に学んだ職能技術をいかし、河野さん宅の庭木の手入れをし、一緒に釣りにも出かける仲になったそうです。


なぜ、そこまで寛大になれるのでしょうか!?


河野さんは、『それは、私も「被疑者」扱いされたからだ。』と即答します。


平成6年6月27日の事件発生後、警察は河野さんの家から複数の薬品を押収。本来は被害者である河野さんを“犯人視”する報道が相次ぎました。


同じ犠牲者の遺族から、「殺してやりたい」、「お前がサリンで死ね!」と書かれた手紙が何通も届いたそうです。


そんな経験を通じ、『恨んで、恨んで、死刑が執行されて、晴れ晴れするかといえば、そんなことは絶対に」ない。恨みを持ち続けながら生きることは不幸だ。』と思うようになったそうです。


『人を恨むより、私にとっては妻の命をつないでくれたことへの感謝のほうが大きかった。』と、河野さんは回想します。


妻の澄子さんの三周忌を迎えた昨年、河野さんは鹿児島県に移り住みました。


『私にとってのオウム事件は、3年前に妻が亡くなったとき、全てが終わったんです。今は、少し離れたところで人生をリセットしたい。最後に笑って終われるように・・・。』。


犯人扱いされ、妻を奪われ、自らも障害を受け、想像を絶する不幸な環境に居ながらも、犯人たちを許すという選択、恨みを断ち切り、彼らを受け入れるという選択。


なかなか出来ることではありません。


『ゆるす・手放す・感謝する』


私たちに気づきを与えてくれる、感謝すべき生き方の見本ですネ。