今回の民主党党首代表選の選挙には不審な点が多い。大切な選挙だというのに、サポータ票の取り扱い方が雑すぎる。そこにつけこんで不正が行なわれた可能性は極めて高い。しかし、実際に廃棄されたハガキや、携わった者の証言など、あきらかに具体的でわかりやすい証拠が現れない限り、実証するのは難しいだろう。といって、何もしないよりは、「もしかして」と可能性を推測することと小さな事実を積み重ねることは意味があるだろう。

 そして、どこかで爆発することがあるかもしれません、そんな希望も込めてDreamStarAngelsのブログの記事から転載させていただきます。

(転載貼り付け始め)

「消えた党員サポーター棄権票がすべて小沢票だったら最終結果は小沢251対菅49になる!」

あなたは登録料2000円を払って総理大臣を選ぶ選挙を棄権しますか?
地区によっては、その他の会費などが入り4000円だったり6000円だったり・・・
しかも、この景気の悪い時期の総理大臣選択選挙の権限を放棄しますか?

◆小沢氏が棄権票で逆転可能な200選挙区(195選挙区から200選挙区に訂正)
【拡散】北海道地区 大量棄権サポーター票で逆転可能な8選挙区
【拡散】東北地区 大量棄権サポーター票で逆転可能な15選挙区
【拡散】茨城・栃木・群馬地区 大量棄権サポーター票で逆転可能な12選挙区
【拡散】埼玉地区 大量棄権サポーター票で逆転可能な12選挙区
【拡散】千葉地区 大量棄権サポーター票で逆転可能な8選挙区
【拡散】東京地区 大量棄権サポーター票で逆転可能な17選挙区
【拡散】神奈川地区 大量棄権サポーター票で逆転可能な16選挙区
【拡散】中部北陸東海地区 大量棄権サポーター票で逆転可能な27選挙区
【拡散】京都・大阪・近畿地区 大量棄権サポーター票で逆転可能な39選挙区
【拡散】山陽・山陰地区 大量棄権サポーター票で逆転可能な9選挙区
【拡散】四国地区 大量棄権サポーター票で逆転可能な9選挙区
【拡散】九州地区 大量棄権サポーター票で逆転可能な28選挙区

◆棄権票別◆小沢氏が棄権票で逆転可能な200選挙区
【拡散】逆転の疑いのあるサポーター大量棄権1000票以上が2選挙区!
【拡散】逆転の疑いのあるサポーター大量棄権800票台が2選挙区!
【拡散】逆転の疑いのあるサポーター大量棄権700票台が2選挙区!
【拡散】逆転の疑いのあるサポーター大量棄権600票台が11選挙区!
【拡散】逆転の疑いのあるサポーター大量棄権500票台が20選挙区!
【拡散】逆転の疑いのあるサポーター大量棄権400票台が46選挙区!45から46に訂正
【拡散】逆転の疑いのあるサポーター大量棄権300票台が68選挙区!
【拡散】逆転の疑いのあるサポーター大量棄権300票未満が49選挙区!

小沢氏勝利選挙区の51選挙区を除いて
大量棄権票が小沢票だったら逆転可能選挙区は200選挙区(195選挙区から200選挙区に訂正)

最終結果訂正版
棄権票が小沢票だったら
小沢251対菅49

600票以上の大量棄権選挙区は17選挙区
500票台の大量棄権選挙区は20選挙区
400票台の大量棄権選挙区は46選挙区
300票台の大量棄権選挙区は68選挙区
300票未満の大量棄権選挙区は49選挙区
小沢氏逆転可能200選挙区において、300票以上の大量棄権票発生選挙区なんと151選挙区!

特に1000票以上の大量棄権票を見ると、傾向がある事が分かります。
菅の票が大きくなれば、棄権票も大きくなっている場合があるという特徴。

◆特徴
棄権票の数と小沢票の数が同じ位の所が多数あり
棄権票の数が菅票の投票数より多い地区が多数存在

←棄権票>菅票のマークは合計で59選挙区
棄権票600票以上の17選挙区で菅票より棄権票が多い選挙区は6選挙区!
棄権票500票台の20選挙区で菅票より棄権票が多い選挙区は10選挙区!
棄権票400票台の46選挙区で菅票より棄権票が多い選挙区は17選挙区!
棄権票300票台の68選挙区で菅票より棄権票が多い選挙区は15選挙区!
棄権票200票台の34選挙区で菅票より棄権票が多い選挙区は7選挙区!
棄権票200未満の15選挙区で菅票より棄権票が多い選挙区は4選挙区!

小沢票と棄権票に注目
http://bit.ly/9keK40
http://bit.ly/blspl0

◎は逆転可能
×は逆転不可

前日に仕分を理由に実施された開票作業は第三者の立会いも許されず
執行部のみでされた情報あり!
小沢票と菅票の葉書の高さを比較して、小沢票が菅票より低くする様に調節すると
大量の棄権票が発生します。
その証拠に小沢票と棄権票の数字が近い選挙区が多数発生!
電話確認で裏が取れれば証拠となりますが。
今の日本の議員に不正を暴く熱血議員が入ればの話ですが。
熱血議員に期待しましょう!

【拡散】サポーター登録代金返還?大量棄権!
あるいは大量登録解除が出た場合の試算は
民主党が113463人分のサポーター登録料を返還した場合、
2000x113463=226926000
2億2692万6千円の資金が民主党からサポーターへ渡る計算
今回の大量棄権で小沢系サポーターが登録を解除すると
113463+90194=203657人が予想され
2000x203657=407314000
4億731万4千円の収入減!

(転載貼り付け終わり)

具体的な数字をあげて関係性が、とてもわかりやすいです。何かの傾向にそっているように見えます。こじつけといえばそうなのかもしれませんが、状況としては、可能性が低いことでは無いといえます。実際の投票用紙や輸送の行程なども、もっと監視できる体制が必要だったことは間違いないのですから。

どこまで広がるかわかりませんし、新聞テレビメディアが取り上げることはないだろうとおもいますが、一人でも多くの方にこの事を考えていただければとおもいます。


歴史に残る、素晴らしい演説だった。
小沢一郎を総理大臣にできなかったことは、
この国にとって大きなダメージだ。

全文を引用させてもらう。
かつて、ここまで意思をはっきり表した政治家がいただろうか。
命をかけてまで、困難を引き受けようとしたこの男の姿勢は、
何度読んでも、涙が出そうになる。

仙石などの狡猾な人間が行なう政治とはレベルが違う。
くだらないマスコミの操作に惑わされることなく、
小沢一郎が世間の支持を得られるように応援していこう。

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お集まりの皆様、そして国民の皆様、小沢一郎でございます。
皆様には今回の代表選挙の期間中、菅総理と私の主張をお聞きいただき、また激励していただきました。
ここにまず以って心から御礼を申し上げます。

また昨年来、私自身に関わることで、同志の皆様をはじめ、国民の皆様に、大変ご心配とご迷惑をおかけいたしましたことを、この機会に心からお詫び申し上げます。

さて、今回の立候補にあたっては、今日の危機的な政治経済事情の中で、果たして自分にその資質があるだろうか、政治の最高責任者として国民の生活を守るというその責任を果たすことができるだろうか、と本当に悩み、自問自答いたしました。

それにも拘らず、立候補を決意したのは、今政治を変えなければ、もう間に合わない、という私の思いを、正々堂々、世に問いかけたかったからであります。

思い起こせば私は27歳で初めて衆議院議員に立候補した際、選挙公報にこう綴りました。

「このままでは日本の行く末は暗澹たるものになる。こうした弊害をなくすため、まず官僚政治を打破し、政策決定を政治家の手に取り戻さなければならない。意思なき政治の行き着く先には、国の滅亡しかありません。日本は敗戦を経ても、本質は変わっていないのではないか。」

若かりし頃の感じたその思いは、初当選以来、今なお変わっておりません。

今日我が国は、デフレによる経済の収縮、少子高齢化の既存の社会制度のギャップによる不安など、経済も社会も危機的な状況に陥っております。

世界で最も層の厚かった中間所得層が解体され、ごく少数の富裕層と数多くの低所得層への分化が急速に進んでおります。

日本が誇った社会保障制度も崩れつつある中、2年後には団塊の世代が年金受給者となる日を迎えます。

今日本は、最も大事にされなければならないお年寄りがいなくなっても、誰も気付かず、また就職できない多くの若者が、絶望感にさいなまされ、若い親が育児を放棄し、我が子を虐待する。

もはや高度成長が、いろいろな問題を覆い隠してくれた時期は、とうに過ぎ去って、社会の仕組みそのものが壊れております。

そしてまた、日本人の精神風土も荒廃し始めていると思います。

今ここで、政治を見直し、行政を見直し、国のあり方を見直さなければ、もう日本を立て直すことはできないのではないかと思います。多くの国民の皆さんも同じように感じていたのだと思います。

昨年、我々民主党に一縷の思いを託し、政権交代を実現させていただきました。しかしもう1年が過ぎ、残された任期はあと3年であります。

私たちは今、直ちにこの3年間を国の集中治療期間と位置付け、徹底した改革を断行し、実行していかなければなりません。

しかしその改革は、明治維新以来、百四十年続く官僚主導の政治を、根っこから国民主導、政治主導に変えなければ、とても成し遂げられるものではありません。

私の頭の中を占めているのは、その思いなのであります。

しかし私は、官僚無用論を言っているわけのではありません。日本の官僚機構は、世界に冠たる人材が集まっているところであると考えております。

問題は、政治家がその官僚をスタッフとして使いこなし、政治家が自分の責任で政策の決定と執行の責任を負えるかどうかということであります。

私は四十代でたまたま国務大臣、自民党幹事長に就任するという機会があり、国家はどう運営されているのか、その実態を権力の中枢でつぶさに見続けてまいりました。

そこで見た官僚主導の、例えば予算作りでは、各省のシェアが十年一律のごとく、ほとんど変わることがありませんでした。官僚組織というものはそういうものであります。

その中で私は、自民党の中にいながらこの改革は無理であることを骨身に沁みて分かりました。

だからこそ、政権与党である自民党を飛び出して、真にしがらみの無い政党を作り、政権を変えるしかないという決意を持って、この17年間、政治活動を続けてまいりました。

改めて申し上げます。

昨年政権交代が実現したのは、こんな日本を何とか変えてくれ、という、国民の悲痛なまでの叫びからだったはずであります。

この声に応えようと、菅総理大臣をはじめ、閣僚の皆さんが一生懸命に取り組んでおられることを否定をするものではありません。

しかし、政治と行政の無駄を徹底的に省き、そこから搾り出した財源を、国民の生活に返すという、去年の衆議院選挙マニフェストの理念は、だんだん隅に追いやられつつあるのではないでしょうか。

実際に来年度の予算編成は、概算要求で一律10%カット、これではこれまでの自民党中心の政権と変わりません。

財政規律を重視するという、そういうことは大事なことではありますけども、要は官僚の抵抗で無駄を削減できず、結局マニフェストを転換して国民に負担をお願いするだけのことではないでしょうか。

これでは本当の意味で国民の生活は変わりません。

私には夢があります。

役所が企画した、まるで金太郎飴のような町ではなく、地域の特色にあった街づくりの中で、お年寄りも小さな子どもたちも近所の人も、お互いが絆で結ばれて助け合う社会。

青空や、広い海、野山に囲まれた田園と、大勢の人たちが集う都市が調和を保ち、どこでも一家団欒の姿が見られる日本。

その一方で、個人個人が自らの意見を持ち、諸外国とも堂々と渡り合う、自立した国家日本。

そのような日本に作り直したいというのが、私の夢であります。

日本人は千年以上前から共生の知恵として、和の文化を築きました。

我々には共生の理念と政策を、世界に発信できる能力と資格が十分にあります。

誰にもチャンスとぬくもりがある、豊かな日本を作るために、自立した国民から選ばれた、自立した政治家が、自らの見識と、自らの責任で政策を決定し、実行に移さなければなりません。

そして、霞が関に集中している権限と、財源を、地方に解き放ち、国民の手に取り戻さなければなりません。

そのため国のひも付き補助金を、順次全て、地方への一括交付金に改めます。
これにより地方では、自主的な町づくりやインフラ整備が可能になります。
国・地方を通じた大きな節約効果と、そして地域経済の活性化が期待できます。
また地域での雇用も生み出され、若者がふるさとに帰り、仕事に就くこともできるようになります。

また私は、国民健康保険、介護、生活保護などに対する補助金、15兆円も社会保障関係費として一括地方に交付いたします。
これにより各地方の実情に合わせて、また地方の知恵を生かして、より効率的な福祉行政が行えるような仕組みに改めます。

我々に期待されるのは歪になってしまったこの国のかたちと、日本人の生活を、もう一度蘇らせる大改革なのであります。

国民の皆さんにご負担をお願いするのは、ここにいる皆さんが、ありとあらゆる知恵を絞って、できること全てに取り組んでからでいいはずであります。

そしてそれが、昨年の総選挙での、民主党の国民との約束ではなかったでしょうか。

政府与党の政策の一元化のもと、改革を実行するのが民主党です。

政府が作成した法案に、後から与党議員が意見を言う、自民党と同じような、事前審査の仕組みではありません。

私は政府と与党の議員、誰もが対等に話し合って、政策を位置から作り上げる全員野球の体制を作り上げたいと考えております。

また外交関係においては、日米関係は我が国にとり、最も重要な二国間関係であると思います。

日中・日韓関係は、日米関係についで重要な二国間関係であり、長ーい歴史を踏まえ、今後、政治・経済・文化とあらゆる分野で協力関係を深めていかなければなりません。

特に拉致問題については、自ら対策本部長として全力で取り組みます。

国際関係はまず市民の心の交流こそが必要であるという認識のもと、実際に私は長年にわたり草の根交流を続けております。

さらには日中韓三カ国の交流のもとで、環太平洋諸国を含み、東アジア共同体を推進したいと考えております。

また農業、漁業の個別所得保障制度の充実を前提として、ETA、FTAをはじめ、広域的な経済連携も積極的に推進いたします。

景気対策とデフレ克服にも最優先で取り組まなければなりません。

日銀法などの制度改革や、インフレターゲット政策も視野に入れるなど、金融政策と財政政策の両面からあらゆる手段をつくします。

また、人と人との新たな絆づくりにも取り組みます。

民主党として「新しい公共」の考えを、積極的に取り入れ、NGOやNPOをはじめ、ボランティアや企業の社会貢献活動を支援するとともに、政府の持つ情報もできる限り開示いたします。

衆議院の解散・総選挙は、こうした改革に与えられた任期を費やして、その結果を出してからであります。

官僚支配の百四十年のうち、四十年間、私は衆議院議員として戦い抜いてきました。

そして漸く、官僚機構と対峙できる政権の誕生に関わることができました。

我々は「国民の生活が第一。」、の政治の幕開けにやっとこぎつけたのであります。

官僚主導の政治に逆戻りさせるわけにはいきません。
それは取りも直さず、政治の歴史を二十世紀に後戻りさせることになるからであります。

私は代表になっても、できないことはできないと、正直に言うつもりです。しかし、約束したことは必ず守ります。

こう断言できるのは、官僚の壁を突破して、「国民の生活が第一。」の政治を実行するのは、最後には政治家の志であり、改革の絆で結ばれている皆さんとなら、長い時代の壁を突破できると信じるからであります。

そして私自身は、民主党の代表、すなわち国の最終責任者として、全ての責任を取る覚悟があります。

今回の選挙の結果は私には分かりません。皆さんにこうして訴えるのも、私にとっては最後の機会になるかもしれません。

したがって最後にもう一つ付け加えさせてください。

明治維新の偉業を達成するまでに、多くの志を持った人たちが、命が失われました。

また我が民主党においても、昨年の政権交代を見ることなく、志半ばで亡くなった同志もおります。

このことに思いをはせるとき、私は自らの政治生命の総決算として、最後のご奉公をする決意であります。

そして、同志の皆さんとともに、日本を官僚の国から国民の国へと建て直し、次の世代に松明を引き継ぎたいと思います。

そのために、私は政治生命はおろか、自らの一命をかけて全力で頑張る決意であります。

皆さまのご支持、ご理解をお願いいたしまして、私のご挨拶といたします。ありがとうございました。
 極道やヤクザの話となると、怖いイメージばかりが先行してしまい、本質がわからなくなっている。好きになることはないが、日本にある事実として知っておくことは必要なのではないだろうか。
 
 「ヤング・ヤクザ 稲川会ドキュメンタリー」




 伝統あるヤクザが今、国家権力によって人権侵害や迫害を受けている。存在を大肯定をすることは無いけれど、同じ国を生きるものとして、理解しなければならないこともあるのではないだろうか。「クリーン」など内容の無い言葉だけで「暮らしやすい社会」は現実になるのだろうか。理想をあげた結果、生まれてきた新たな『歪み』のほうがさらに事態を悪化させているのではないだろうか?

 影響力のあるテレビというメディアは、事実を知らせない。そのことを大前提として社会には接する必要があることを今回もしつこくいっておこう。
民主党の代表選挙で、小沢氏が負けた。

 2010年9月14日は日本にとっては、暗黒の時代がスタートした日と
して歴史に残る事になる。この現実を日本人は「痛み」として刻み込
もう。1300年続いた律令国家の体制をノーマルカントリーにすること
ができなかった日として。

 選挙の不正はあっただろう。不審な点が多すぎる。いろんな問題点は
山積みではあるが、真意や検証は別にゆずるとして、この場はひとつの
問題点だけに集中して意見を唱えよう。

 それは、『報道として流されている放送がひどすぎる。』という一点
のみである。

 民主主義国家として、国民の民意を反映させることができる行動は、
唯一『選挙』のみしかない。選挙をするためには偏りなく、多方面から
の視点を持った情報を世間に知らせる事が大前提である。嘘の情報を教
え、そのことを真実と思いこませたうえでの選挙があっては困るのだ。
しかし、その困ったことが現実に起きている。不幸な事に、自分たちが
暮らしているこの国で、今日も続いている。

 高尚な話がしたいわけでもなく、ただカラみたいだけでも無い。自分
たちが欲しいものは、ただ『多様な情報を得る自由』だ。そんな簡単な
そうなことがシステムとして機能していないのが、今の日本の現状。ま
ずは、その認識が大前提としてある。


 
 小沢一郎を「検察審査会」に申立した「市民団体」がどんな組織
なのかの説明がメディアによってされたことは一度もない。調べれ
ばすぐわかることを報道しない、あきらかに意図的に。告発団体の
正体をみてみると、いわば狂信的なカルト団体である。そのような
狂気の団体に、良心的な一政治家の政治生命を止める力があっては
マズいだろう。このことをバックアップしている力があることも、
間違いない。

 事実を積み重ねていくことでしか、何が起きているのか探す手だ
てはない、ブラックボックスは必ずあるが、アウトラインをみつめ
るだけでも、ありえないことが起きている。詳しくは下の日記を参
照していただきたい。

美味しんぼ日記より
この「市民団体」とは何者だ


(転載貼り付け開始)

ところが、今回、小沢一郎氏を「検察審査会」にもう一度検察をするように申立をしたのは、「市民団体」とある。
 朝日、毎日、読売、その三大新聞のいずれもが、上記朝日新聞の記事のように単に「市民団体」と書くだけで、その市民団体とはどう言う人の集った団体なのか、全然説明がない。
 一応、市民団体の名称としては「真実を求める会」、「世論を正す会」などが挙げられているが、これがまた定かではないので、私がここに書いた名称は間違いかも知れない。

(転載終了)

(転載貼り付け開始)

だが、私が、ネットで調べいる内に、自分が「検察審査会」に申立をしたと言う人のページを発見した。
 それは、桜井誠という人で、氏のホームページ、「Doronpaの独り言」に書かれてあった。

(転載終了)

その人たち↓
http://www.fooooo.com/watch.php?id=aj_9Ti0Vveo


 嘘つきが人の非難。いつか反省してくれますように。
 いかに人間が騙されやすいかは歴史を見ればきりがないが、わかりやすくてアホらしいのは、「丁髷(ちょんまげ)」だろう。僕は、想像できないのだ、立派な大人が真顔であんな髪型にしていた時代があることが。時代劇で見るような、いわゆる頭のてっぺんを剃っているような、あのスタイルは、カブトを被る時に、頭が蒸れないようにとのことから始まり、それが庶民にも流行り庶民にも広まった。「丁髷(ちょんまげ)」は広い意味では無く、スタイルのひとつで、「角刈り」や「リーゼント」などの種類の名前である。江戸時代の遊郭ではパリッと流行のまげにしていないと、野暮だといわれた。そんなおかしな髪型が明治4年8月に断髪令が出されるまでは一般的な髪型だった。
 そんな、ちょんまげ全盛の時代に「ちょんまげは嫌」とは言えたのであろうか。立派な大人は立派なちょんまげを結うのが当然だったら、なかなか「変な髪ですね」とは、言えない。むしろその空気の中にいるとあたりまえ過ぎて、考えないかもしれない。現代の世界を知っているから「変」だとおもうのだろう。時代と場所が変われば価値観は違う、それは現代でもそうだ。200年後の日本人が今の僕たちを笑うことが必ずある。
 正義とは立場によって変わるものである。そのおかげで争いは絶えないが仕方ない。相容れないものはお互い無理なのである。そうおもえば、正義を主張しすぎるのは徒労にすぎない。立場が違うのだから、どちらの主張も正しいのだろう。自分のボールを押し付け合うのでは無く、お互いの立場を尊重して敬い、譲りあう心こそが正義なのでは。

 旧厚生省の2人の元官僚トップが続けて殺された事件は、テレビでも雑誌でも「年金テロ」と大きな見出しをつけて報道していた。得意のネガティブキャンペーンである。捕まった犯人の自供が真実かどうかはわからないが、これは「テロ」では無かった。なぜ、今でもテロにしたがっているのだろう。この事件によって、今まであれだけされていた、厚生省への批判があまりできなくなった。

18日朝におきた事件ではあるが、その6日前のトヨタトップの発言も気になる。

 トヨタ自動車の奥田碩相談役は12日、
 首相官邸で開かれた「厚生労働行政の在り方に関する懇談会」の
 席上で、厚労省に関する批判報道について、
 「あれだけ厚労省がたたかれるのは、ちょっと異常な話。
 正直言って、私はマスコミに対して報復でもしてやろうかと(思う)。
 スポンサー引くとか」と発言した。

http://aruite5.blog.shinobi.jp/Entry/846/

なにかの関連はあるのだろうか?
 昨晩に放送された「サキヨミ」の大麻報道は酷かった。オランダに出向きコーヒーショップや種の売買を報じていたのだが、これは、はたして報道なのだろうか?大麻の是非の議論は全くなく、ただ悪いことが前提で話が進む。
 種のビジネスを始めた社長にインタビューします。といって、ナレーションは社長のことを、蔑みもふくめて「この男」と呼んでていた。ユニクロの社長をインタビューしても、「この男」とは呼ばないだろう。自分たちの決めたルールのなかで、善と悪を勝手に決めてている。ご丁寧にネガティブなイメージの音楽もつけて。やはりこれは報道では無い、政府の意見を反映するだけで、議論の余地も無い。国民にひとつの価値観しか認めさせない洗脳である。世間の意見も大麻に悪いイメージを持っている人は多いが、この社会状況では仕方ないのかもしれない。大麻がいい悪いでは無く、「悪いもの」として、「良い面」を流さないメディアに反省はないだろう。後の歴史が判断するしかないのだが。
 結局、大東亜戦争当時におこなわれた偏向報道と何も変わっていないのだ。