上野の寛永寺には徳川家のお墓があります。

徳川綱吉の作った門の入口までしか入れないのですが、この奥に歴代将軍が眠っているのです。
寛永寺の墓地には、徳川将軍15人のうち6人、家綱、綱吉、吉宗、家治、家斉、家定が眠っており、
家定の御台所だった天璋院篤姫もここに眠っています。

寛永寺は天海の開いた寺で、家光が大いに帰依して以来力を持ったそうです。江戸城の北東の
いわゆる鬼門にあたるため、京都の鬼門を抑えた比叡山に比して東の叡山ということで、東叡山
とよばれるようになったそうです。



徳川家の墓所となる菩提寺としての地位は最初芝の増上寺だったのですが、
6代家宣以降は寛永寺と増上寺が交互に墓所となるようになったそうです。
アクセス
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徳川綱吉の作った門の入口までしか入れないのですが、この奥に歴代将軍が眠っているのです。
寛永寺の墓地には、徳川将軍15人のうち6人、家綱、綱吉、吉宗、家治、家斉、家定が眠っており、
家定の御台所だった天璋院篤姫もここに眠っています。

寛永寺は天海の開いた寺で、家光が大いに帰依して以来力を持ったそうです。江戸城の北東の
いわゆる鬼門にあたるため、京都の鬼門を抑えた比叡山に比して東の叡山ということで、東叡山
とよばれるようになったそうです。



徳川家の墓所となる菩提寺としての地位は最初芝の増上寺だったのですが、
6代家宣以降は寛永寺と増上寺が交互に墓所となるようになったそうです。
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