来週9月12日は御所八幡宮の例大祭です。御神輿を数十年ぶりにすべて担いで渡御します。
今日は神輿出しの日です。朝から神社の奉賛会+神輿会総出で出しています。
御神輿がこの地域の新しい住民と古い住民の架け橋になってくれればと思っています。

さて、この御所八幡宮の起源はどうでしょうか?

由緒書より引用

鎌倉時代の弘安元年(1278)10月13日、二條内裏焼失により翌11月8日の夕、 後宇多天皇(第91代)が前内大臣中院通成の三條坊門万里小路邸に行幸あり、 しばし内裏となり俄に四足門を造立せられたることは「増鏡」に記すところである。 村上源氏の一門である中院氏が、 源氏の氏神である、石清水の若宮を邸内祠としていつの世にか勧請奉斎していたことは当然であるが、 この行幸にて、御帝が親しく祝いまいらせたる社として、事後は御所八幡宮として子々孫々奉斎していた。

ということでして、もともと中院氏が祀っていたのはいつからかわかりませんが、後宇多天皇が里内裏にして以来、御所八幡宮と呼ばれたそうです。

後宇多天皇の治世は元寇が文永の役、弘安の役ともに起きています。外国から攻められたこの時期には天皇さんも八幡様をとても篤く信仰したことでしょう。


人物基本データ
後宇多天皇(ごうだ てんのう)
1267年12月17日~1324年7月16日
墓所:蓮華峯寺陵