ほげほげ日記 -45ページ目

2月1日 長野出張

朝からゆっくり、長野新幹線に乗って長野着。

長野はまだまだ積雪も少なく十分普通のコートで耐えられます。


打ち合わせについてはやはり関係者(責任者)が一同出席してくれるので話が早いですね。

内部的な調整後改めて推進について連絡が入るようです。

先日の大プレゼンから個別の商談にたどりついたわけですがそれでも登場人物は10人くらい(笑)

毎度のことながら緊張しますね。


これから約2か月で20社ほど、日本中を回る予定です。



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つい数ヶ月前にも来た善光寺。この間は須坂の計測でしたね。


さて新潟への移動は在来線がまったく動いていないので速攻で新幹線に決定。高崎まで戻って上越新幹線になりました。

新潟は雪まみれ。ホテルの温泉に入ってのんびりしましょう。

1月31日 出張準備

明日からの出張祭り第一弾(長野新潟編)に向けて資料の準備とサンプル出力。

北陸・上越地方は空前の大雪だそうで(笑)

長野から新潟へは在来線+高速バスの利用を予定していますがどうなることやら・・・


ちなみに毎年この時期に大きな風邪をひくので注意せねば。

1月30日 思わぬ来訪者

このグータラブログにもいろんな方が見に来てくれます。

「なかのひと」という管理ツールがあってタグクラウド方式でドメイン別に一覧表示してくれます。

まあ見るまでもなくアクセスの殆んどは富士フイルムと富士ゼロックス関係だったりしますが・・・皆さん仕事してますか(笑)


そんななかで思わぬ来訪者を発見!



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このダメブログに一体なにを見出したのか(笑)

ヤンキーというか海兵隊の襲撃を受けないよう皆さんも注意しましょう!


1月29日 登校拒否児

今日も何事もなく嫁さんと銭湯に行く。


風呂で拓海がお世話になっている塾の先生に会ったのだが・・・母子家庭でかつお母さんが入院してしまった登校拒否児がいて、ちょうど今高校受験なのだがだれも面倒を見る人間がおらずその先生が預かっているんだそうだ。


欠席日数も数十日あり、内申も低く受け入れてくれる学校もほんの一二校しかないらしいのだがなんとかいけるところまでやっときました、と話していました。自分の子供でもないのにえらいなぁ・・・


なおかつ、拓海の仲の良い友達も登校拒否でその先生にお世話になっているそうな。

こちらも両親が離婚・甘やかす・ゲーム与えすぎ、あたりがキーワードみたいである。


諸々事情があることなので一慨には言えないけれど、離婚が子供にプラスに作用するのはDVなど極めてまれな場合だと思う。

目先の救済も必要だが長い目で見ると「親を離婚させない」ことが社会維持の基礎なのかもしれない。



1月28日 21回目の結婚記念日(の翌日)

昨夜、帰宅直前に「結婚記念日」だと思いだして一命を取り留めました・・・

といってもチューハイを買って帰っただけですが。


今日はメシでも食いに行こうということで横浜そごうで買い物しつつ中村屋のインドカレーを食す。

嫁はほしい本を、俺は仕事用の靴を買って少し満足して帰宅しました。


なんのイベントもないけどこんな21回目の結婚記念日でした(笑)

さて22年目も頑張ろう!

1月27日 なんだこれは

朝ゆっくりめの出社の際に発見した工事看板。



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「車両が曲がれせん」


車両が、の「が」は違う気がするし・・・「曲がれせん」は意味不明だし。

先の文章も含めて正解は

「この先車両は左折できません」でいいんじゃないのかと思いつつ写真を撮ってみました(笑)


おお、打ち合わせに遅刻するわい・・・

1月26日 またまた準備

27日に某紙との打ち合わせがありその準備。

一個サイトを開けるのにかかる手間を軽減するのがASPの「胆」のような気がしますね(笑)


過去に作成・設定したサイトを「コピー」する機能とかほしい~!!

1月25日 壮行会

 昨日の日記に少し書きましたが、独立してがんばる友人と西麻布の面々と今のビジネスをどう継承していくか、を打ち合わせ。


その後、神楽坂の「とり鉄」で飲み会。みんなで頑張っていきましょう!


1月24日 大リストラ

富士関係の某子会社で、全従業員の4分の1程度希望退職を募るとの話を聞きました。

確かにちょっとおっとりしたところもある某社でしたが一気に近しい人たちがいなくなって寂しい限りです。


ただ、その希望退職を受けて独立する人もいるそうな。ぜひ、がんばってほしい・・・

僕が独立する際に周りから助けてもらったようなことが、僕もしてあげられたら、と思います。


補完しあえる関係だし一緒にがんばっていきましょう!




1月23日 画像販売のマーケット

アスク講談社→フォトハイウェイジャパン→富士、と変遷を重ねてきた僕の職歴ですが、大きく変わっていないのが「画像でビジネスをする」というスタンスではないかと思います。


自分もなぜこの立ち位置にいるのか不思議に思うのですがラリアットでもこの路線を踏襲しています。

だけど成果物が「データ」ではお金にしにくいのですが自分なりにバランス取って現在のビジネスに至っているような気がしますね。


画像販売のマーケット規模ってのが何億なのかよくわかりませんが間違いなく一定量あるように思います。

そこにWebという仕組みで我々の「居場所」を作り続けたいなと思っています。


自分でコンテンツを作ってはダメ、組むコンテンツホルダーも硬軟織り交ぜつつ。

ここがおそらく我々の居場所のように思います。