ピコ です。
哲学、philosophy。
ギリシャ語の「philos」(愛)+「sophia」(知)の結合であり、
「知を愛する」という意味が込められた語である。
真理に到達したいと考え、議論すること。
ソクラテス:
紀元前4世紀ごろのアテナイ(ギリシャ)の哲学者。
無知の知。
=「自分は知らないことを知っているだけ、それを知らない人より、幾分かましだ。」
ということを唱えた。
道行く人を捕まえては、倫理、道徳とは何かの問答をして回った
変なおじさん。
しかし、その議論で誰にも負けたことがない。
ソクラテスの唱える言葉は、あまりにも歯切れよく、
真理に近く、時の権力者が作った社会システムそのものを否定した。
結果、人々に尊敬されながらも、処刑されてしまう。
プラトン:
ソクラテスの一番弟子。
イデア(理想)という概念を説いた。
この世界の裏方には真理=イデアがあり、
この世界で生きるすべてのものは、その真理の
影を見ているにすぎません。
影は見る方向によって、大きく形を変えてしまいます。
これが、言葉の曖昧性、人々の間の認識の違いを生んでいます。
どこまで行ってもイデアそのものは見えない。
しかし、見る場所を変えることによって、
イデアがどのような形であるかと、
必死に捕らえようとしました。
哲学者たちは、食うものも食わず、
真理=イデアを探求する道を歩みました。
一般人から見ると、ちょっと、変人ですね。
でも、それも素敵な人生だったでしょう。
たとえ、自分のこだわりのために命を落としたとしても。
ソクラテスの意思は、発展的にプラトンにつながった。
幸せだったでしょう。
プラトンはショックだったろうけど、
そのはかないぐらい研ぎ澄まされた感性が、
イデアという概念を生み出しました。
皆、完全な物へあこがれながら生きています。
素敵な異性との恋も同様です。
その美しき姿にイデアを感じているのかもしれない。
愛というイデアを求めているのかもしれない。
恋というイデアに熱狂しているのかもしれない。
決して、真理に到達できないとしても、
あこがれ、いろいろな経験をしながら生きること自身が楽しいなずです。
エロスとはその完全なものへのあこがれです。
男性が、素敵な女性の存在、しぐさ、肢体に、
ココロ奪われるとしても、
それは、生きている限り、ごく自然のことです。
中学生男子諸君のあこがれの代表である
「エロ本」ですが、
その語源はえらく崇高で、
そのあこがれは生命として仕方ないことだ、
と、掃除するお母さんに、
大量のエロ本を見つかったときに、
議論してみてほしいです。(今は、インターネット動画かもしれませんが。。)