
実は日本ではこの5年間で、富裕層を中心に海外移住が盛んです。例えば、HOYAの鈴木洋CEOがシンガポールへ、ベネッセホールディングスの福武總一郎会長がニュージーランドへ、サンスターの金田博夫元会長がスイスへ、バルスの高島郁夫社長が香港へと、大企業のトップクラスの人の移住が相次ぎました。
また、ハワイで建設中の不動産への投資が、日本の富裕層に対して積極的に営業されています。移住や長期滞在のために海外不動産を保有する富裕層は確実に増えてきています。
■外貨を保有しない日本人こうした動きは富裕層にとって、「分散投資」という意味があります。
日本人の多くは、資産を円建てで保有しています。不動産は当然として、株や債券についても国内への投資が多いのです。なぜなら国内金融資産の方が情報を把握しやすく、安心できるからです。
しかし円建ての資産だけだと、極端な円安になった場合に資産が大きく目減りし、国内の景気低迷の影響もダイレクトに受けます。そのため、外貨建て資産を組み入れない限り、本来の意味での分散投資とはいえません。
この考え方は日本以外では常識として考えられていますが、日本の一般層を見ると状況は違います。
日本人が持つ外貨資産の状況は、日銀の資金循環統計で把握できます。これは日本の金融機関、法人、家計といった各部門の金融資産・負債の推移を、預金や投資信託など金融商品ごとに記録した統計です。
それによると、2014年9月末の家計の外貨建て金融資産(外貨預金、外貨建て投資信託、対外証券投資)の総額は43.1兆円で、家計の金融資産総額(約1654兆円)に占める割合は2.6%にすぎません。

出所:資金循環統計
日本でも富裕層の状況は異なります。プライベートバンク(PB)では富裕層へ資産運用の提案をする際、外貨建て資産を組み込むようにアドバイスすることが多いのです。これは資産を安定的に増やすためだけではなく、守るためでもあります。富裕層は資産防衛に非常に敏感で、一般層と比べて外貨建て資産に高い関心を示します。
最近はラップ口座の利用が伸びており、大和証券と野村証券は残高がそれぞれ1兆円を突破しましたが、これは富裕層のニーズに合っているからでもあります。
ラップ口座利用者の大半は、複数の投資信託を通じて世界中の通貨・株式・債券・商品・REITなどに分散投資しています。大手2社以外もラップ口座には注力しており、こうしたサービスを通じた、富裕層の世界中への資産分散は今後ますます加速するでしょう。
■ユダヤ教聖典にも「分散投資のすすめ」昨今、円安により株価が好調ですが、日本人にとって円安は良いことばかりではありません。1ドル=80円だった頃は8万円で買えた輸入品が、1ドル=120円なら12万円になります。つまり、円による購買力が落ちているのです。
ここで、もし1ドル=80円の時代にドルを買っていれば、円安による資産の目減りを防げたことになります。これがまさにポートフォリオ理論です。古くから「タマゴを一つのカゴに盛るな」と喩えられ、1種類の資産に集中させることの危険性が唱えられています。
ハイリスク・ハイリターンの商品とローリスク・ローリターンの商品、または国内資産と海外資産などを組み合わせることで、長期的に収益の振幅を平準化しつつ、安定的に高収益を得られる可能性が高まります。
金融の世界では分散投資は常識ですし、ポートフォリオ理論でも、リスクを減らして利益を最大化する方法についてはかなり研究が進んでいます。中でもユダヤ人は昔から分散投資をしてきたといわれます。ユダヤ教の聖典「タルムード」には「富は常に3分法で保有すべし。すなわち3分の1を土地に、3分の1を商品に、残る3分の1を現金で」と記されています。
ユダヤ人がすごいのは、「金融」と「資源」に分散することで、資産を最大限に有効活用し、長年殖やし続けてきたことです。つまり好景気の時は金融が儲かり、不況や震災や戦争の際には金融は弱いが、資源が値上がりして補完するポートフォリオを組んでいるわけです。
この考え方は、私がシンガポールでPBに従事している際に出会った多くの東南アジアの華僑系の富裕層にとっても常識でした。
世界中の政府系ファンドも同じ考え方を実践し、収益を生み出しています。また、身近なところで言えば、日本の公的年金を運用する年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)は、資産の約30%を外国の株式と債券で運用しています(14年9月末時点)。

米エール大学の基金運用局の運用(13年)は、外国株式への投資比率は9.4%と低いものの、オルタナティブ投資が17.8%、プライベートエクイティが32.0%、不動産が20.2%と広く分散投資しています。資産総額は10年前(04年)の127億ドルから239億ドルに増加。1年当たり約11%の収益を確保したことになります。
同大学のCFO(最高財務責任者)デイビッド・スウェンセン氏はその著書の中で「リターンの変動の約9割が資産配分に起因する」と指摘しています。投資においては銘柄の選定以上に、資産をどのように配分するかが重要だということです。
富裕層の外貨建て資産保有の動きは、円安や人口減少、財政赤字など、将来の日本経済のリスクを回避するためだといえます。経済において絶対はなく、将来が分からないからこそ利益が生まれます。分散投資はリスクを緩和しつつ、安定的な収益を生み出す手段になると富裕層は考えているのです。