東京電力など大手が独占してきた地域の垣根が崩れ、ガスや通信など異業種が参入機会をうかがう。1951年以降に形成された電力10社体制の岩盤が揺らぐ「電力ビッグバン」。水面下では再編へ向けたマグマが動き始めた。
「ガスと電気をセットで買いませんか」。9月上旬、町工場が集積する東京都大田区の上島熱処理工業所に東京ガスの担当者が訪れた。56年設立の同社は自動車向けの高度な金属熱処理などで知られる。工場内には1200度に達する特殊な炉が並ぶ。
精緻な加工には電力の安定供給が不可欠だ。同社はこれまで東電一筋で電気を買ってきたが、上島秀美社長は調達先の見直しを迫られている。理由は、東電から送られる電気料金の請求書を見れば一目瞭然だ。
8月分の料金は622万円。05年の同月に比べ電気の使用量は1割減ったが、料金は逆に50%増えた。「利益はすべて電気代(の上昇分)に持っていかれる」(上島社長)。年間利益が1千万円強の同社にとって、月200万円以上の負担増は死活問題だ。
■主従逆転なるか
電力小売りは00年以降、大口顧客向けから段階的に自由化が進んだ。では「電力会社を選ぶ時代」は到来したのか。上島熱処理のケースをみる限り、答えはノーだ。同社は東ガスも含め3社と商談したがいずれも断られた。供給力不足などを背景に、東電より安い価格で提供しても事業としての“うまみ”がないことが理由とみられる。
「安い電気」夜明け前 価格競争の風、徐々に
だが、家庭向けも含めた全面自由化を2年後に控え、こうした「供給者優位」の壁は着実に崩れつつある。変革の原動力は、高騰する電気料金にしびれを切らしたユーザーの不満と、その不満をビジネスチャンスとみる新規参入者だ。
「管理組合は全会一致でマンションの電力購入先の切り替えを決議します」。全面自由化前にもかかわらず、月2千戸のペースでマンション住人の顧客を増やしているベンチャー企業がある。04年から「一括受電」を始めた中央電力(東京・千代田)だ。
同社が提供する一括受電と呼ばれるサービスは、マンションの各世帯が個別に東電などと契約するのではなく、管理組合がエレベーターなど共用部の電気も含め一括して契約する。数百世帯をまとめればすでに自由化された「大口契約」に分類され、しかも家庭向けより電気代が1割程度安くなる。
12年末に中央電力への切り替えを決めた東京都江戸川区のマンション。当時、修繕委員の会長だった男性は「東日本大震災以降、電気料金が急速に上がり、切り替えを決めた」と話す。高級マンション「プラウド」などを展開する野村不動産も、グループ会社を通じ一括受電サービスを始めた。
経済産業省が4月に実施したアンケートでは、自由化後に電力会社の切り替えを「検討したい」との回答は54%に達した。その際、重視するのは「料金の安さ」(76%、複数回答)。高止まりする電気料金への不満のマグマは、これまで電力会社を選べなかった消費者が主導権を握る「主従逆転」を促す。
■安住許さず
16年に自由化の対象となる一般家庭などの顧客件数は約8400万件、市場規模は7兆5000億円にのぼる。ミャンマーの13年の国内総生産(GDP)を3割上回る規模だ。有望市場の「開放」をにらみ、ソフトバンク(通信)やJX日鉱日石エネルギー(石油)など幅広い企業が参入準備を進める。
競争環境の激変を背景に、これまで地域独占や総括原価方式に安住してきた既存の電力大手も穏やかではない。
「関西で安い電気を使いませんか」。5月ごろ、家電量販大手のケーズホールディングスの高橋修執行役員を、東電茨城支店の営業担当者が訪れた。関西電力の営業エリアにあるケーズの店舗で、東電傘下の新電力テプコカスタマーサービス(東京・江東)に乗り換えないか、との打診だ。
ケーズは電力コストの削減効果が年5%前後で大きいと判断し、関西の20店舗で導入を決めた。東電は家電量販最大手のヤマダ電機についても、10月から関西と中部の62店舗に電力供給を始める。一方、関電も中央電力に出資する方針で、首都圏市場へ打って出る手立てを探る。
電力販売の分野では地域の垣根を越えた競争が進む一方、発電分野では競争力を高めるための合従連衡の動きが加速している。
東電は近く、中部電力と発電事業で包括的な提携関係を結ぶ。中国電力はJFEスチールや東ガスと共同で首都圏に大規模な火力発電所をつくる見通しだ。
すでに自由化を果たした欧米に比べ、日本の動きは周回遅れでもある。ただ、豊富な資金力や政治力で変革の流れを押しとどめてきた大手電力は、震災を機にあらがう力をそがれた。日本のエネルギー産業は「ニューノーマル(新しい日常)」への過渡期として、混沌の時代を迎えている。
〔日経産業新聞2014年9月25日付〕
電力も個人で選べる時代へ!