よく、人間はみな平等に365日、1日24時間が与えられていると言われますが、こと時間の流れという表現になるとかなりの違いがあるようです。

日本人は、毎日規則正しく生活し、また周囲も規則正しく動き続けることを当たり前(日常)として認識していると思います。 電車が分刻みで時刻表通りに運行されるのは世界的に見て「標準」ではなく、むしろ「非日常、異常」と思われている感まであります。

それと比較すると、タイランドは時間という概念が非常に緩やかに流れている気がします。 それでも、バス停で希望のバスを待ち続けること15分もすると、時刻表がないからとか、バンコクは渋滞だもんねなどといういいわけを通り越して、一人で苛立っているところはまだまだ日本人なんですね。

そんな状況ですから、仕事のやり方にも二国間には大きく隔たりがあり、それらを取り上げて本が出版されている位です。 日本はどうしても、日本の感覚・時間の流れで指示を出し、そしてそれに対する呼応を求めてきますが、タイではなかなかそうもいきません。 ですから、ともすれば本社社員はそれを「異常」と感じてしまうのです。

ただ、前述のように日本には日本の流れがあり、当然ご当地にはご当地なりの流れが存在します。 それを無視したり、一方を押しつけたりするとそこにギャップが生まれ、軋みが生じてしまうことになります。 ここをうまく調節するのが、異国間文化の中に身を置いている我らなのですが、いやこれが想像以上に胃には悪いです。 少しずつでも、お互いが相手を理解する気持ちで歩み寄りをしていかなければ、いつまで経っても溝は埋まらず、平行線のまま。 それに気づくのに、いったいどれだけの時間を費やせばよいのでしょうね。 は~ぁ。