
「勉強が出来る=頭がいい?」と言う記事が話題になっています
勉強が出来る=頭がいい
僕はそう思って生きてきた。
でも、そのことを否定する意見が多い。
何故だ?世の中には勉強が出来ない奴のほうが多いからか?
そいつらが勉強が出来なくても自分は頭がいいと仮定なしで信じたがっているのか?
本質的な頭の良さは勉強なんてものに関係ないと「勉強もできない」のに主張しているのか?
理由はよくわからないが、負け犬の遠吠えだろうな。
これって「=」にはならないように思う。
勉強ができること=頭がいいこと
じゃないと思います。でも、考えてみると「じゃ、勉強ができるってどういうこと?」と思ったりもして・・・人によってはこの「勉強ができる」と言う言葉のとらえ方も違ったりして、いろんな意見がすごく興味深く思えます。
「勉強が出来る=何がいい?」
これは凄い(^^;
「「勉強ができる」という蔑称」
一番響いた記事でした。私は「勉強できない子」だったので、気持ちがわかるかと言われれば「わからないかも」としか言えないのですが、「教師のレッテル貼り」でずっと虐められ続けた事はあるので、立場を変えてみると「うんうん」なんですよね。
私の場合は知能テストでした、小学校に上がる前の知能テストで物凄い数字を出してしまって、そのまま小学校に入ったものだから、悪い点を取ると「頭がいいはずなのにさぼってる」と言われ、小学生時代は教師からの圧力が凄かったです。本当にわからないのに、「馬鹿にしてるんだろう」と男の先生にグーで殴られて鼻血になったこともありました(あとでクラスのみんなにや上級生が慰めに来てくれたのでいっぱい泣いたのを覚えてます)。
おかげで今でも数字を見ると吐き気が...で、この頃のことは自分自身で気がつかないうちに心の底に封印していたようで、高校以前の思い出というといきなり幼稚園に戻ってしまうから困りものです。
こんな経験をしてきたので、自分でも絶対にやらないようにと心がけてるのは「レッテル貼り」
レッテルを貼られることで、貼られた人の可能性を狭めることになるんじゃないかと…
とにかく「勉強ができる」と「頭がいい」は=じゃなくて、かけ算じゃないのかな?
「(学校の)勉強ができても頭の悪い人(社会で使えない人)」も大勢見てきました。「(学校の)勉強ができなかったけど、頭のいい人」も見てきました。
けど
「勉強もできて頭のいい」
これが一番いいんじゃないかと思うのですが…
余談ですが、運動も駄目でした。なので、小学校の担任先生(体育好き)からの攻撃はもっと凄かったです。