2019年11月に私は自分が抱える問題を解決しようと650キロはなれたところに早朝から車で行きました。体調が悪くて休み休み行ったのですが、改善を見ず、翌日150キロ移動して場所を変えて改善を試みましたが解決を見ませんでした。その後もあれこれ試みましたが解決せず、体調は悪いまま夜を迎えました。
夜中を回ると運転に自信が無くこれ以上遅くなってはいけないと限界を感じ夜の九時ごろにあきらめて車で帰途につきました。駐車場の車のところに行くまででも思わしくなく、400キロ先の我が家に無事に帰りつけるか自信がありませんでした。その時は本当にあぶないと感じていました。
早く帰ろうと思い近くの有料道路から乗ろうとしましたが入り口が分からず、一般道を走ることになってしまいました。途中でガソリンを注ぐなどしながら200キロ下道を走り、いつもの入り口から有料道路に乗りました。やれやれこれで帰れると安心しました。ところが、気がついたら他の車が私の横をどんどん追い越していました。私は80キロのところを60キロぐらいで走っていました。アクセルを踏む力が抜けていたのです。
すぐにパーキングに入りました。これはいかんと思いトイレを済ませると仮眠を取ることにしました。運転しない時には目がさえます。寒いのもあって熟睡はできませんでしたが3時ごろに目が覚め、顔を洗って、よし帰ろうとパーキングを後にしました。
これで無事に帰れるだろうと運転をし始めましたがどのくらい走ったでしょう、ワッ!と思ってハンドルを左に切りました。後ろに何台か大型トラックが見えました。もう、0.1秒でもハンドルを切るのが遅かったら、私は中央分離帯に激突するところだったのです。
トラックが教えてくれたのです。クラクションは聞こえませんでしたが間違いなく鳴らしてくれていたはずです。でなければ、私は終わっていましたし、他の車も巻き込んで迷惑以上のことが起きていたはずなのです。
また、パーキングに逃げ込みました。残り数十キロのところです。そして、さっき起きたことを思いながら寝ました。目が覚めたのは6時ごろでした。周りでは大型トラックがギッシリで、まだ仮眠をとっていました。
よし、今度こそ帰ろうと思い運転を始めました。まだ普通ではありませんでしたが、帰ることしか頭にありませんでした。通勤車両も増え始めてきたのでめいっぱい緊張して目を凝らして運転しました。何度か眠気がきましたがどうにかこうにか家にたどり着くことができました。
もう少し生きていろと生かされたように感じながら布団の中で意識が遠のいていきました。このことは家族に話していません。私はもう、夜中は走れませんし、走ってはいけないと決めました。
今の私は生きているだけで丸もうけです。世の為人の為になんにも残すことなく、他人に迷惑だけを残していくところでした。せめて残りの時間を有意義に使いたいと思ってブログを始めることにしました。
終りまでお読みくださってありがとうございます。