お米の国ですもの! | webtaka's hobby

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趣味の事を書いていこうと思ってます。あと、感じた事とか・・・

昭和のモノ・コトが好きなので(っていうか、新しいのが分からないだけかも(笑))、お話しましょう!あ、もっと以前の歴史も好きです!

理系人間の拙い文章ですが、大目に見てください(笑)

アメリカは、市場や権益の確保先として、建国以来ずっと中国を狙っていました。それを日本が独占してしまったので、アメリカは「いずれ日本は叩き潰さねば」と決意していました。その結果が太平洋戦争だと僕は思っています。

話は遡り・・・

幕末にペリーが来航しました。目的は、建前としては捕鯨船の寄港地(燃料補給などのため)としての日本の港の開放にありました。しかし、本音は、巨大な人口を擁する中国市場(なんと、常に世界の人口の5分の1を占めていました)と貿易するための中継基地として、のようです。

当時のアメリカは日本を植民地化しようとしていたのか?たぶん、そこまでは考えてはいなかっただろうと思います。まぁ、状況次第ではいくらでも変わるとは思います。何せ、帝国主義の全盛時代ですからねぇ。

そのうち、アメリカ自体は南北戦争(内乱)が起って、国外に眼を向ける余裕がなくなりました。

で、日本はというと・・・

幕末から明治にかけて、日本は欧米列強の脅威にさらされていました。いつ植民地になってもおかしくはなかったほど。特に、ロシアとイギリスは要注意でした。ただ、当時のアジア情勢が日本にとってよい方向だった気がします。というのも、インドのセポイの反乱や中国の太平天国の乱の鎮圧に欧米は大変な労力がかかったため、欧米は、アジアを安易に植民地にすると思わぬしっぺ返しを食うという経験をしたためです。イギリスでいうと、薩英戦争によって思ったより日本(というか薩摩藩が、ですが・・・)は手ごわいと思ったようです(アングロサクソン人(イギリス人やアメリカ人)は、手ごわい相手に対しては、結構評価する人たちのようです)。

これらの経緯により、イギリスは、日本には強くでるよりも味方につけた方が良いと考えるようになっていきました。まぁ、日本よりは、はるかに中国やインドの方が、うま味が大きかったのが本音でしょうけれど。

で、中国にて勃発した義和団の乱での日本軍の高評価などから、1902年に日英同盟が締結されました。

一方、ロシアの方はというと・・・

ロシアは一貫して南下政策をとっていました。不凍港が欲しかったのです。ロシアは中国東北部(後の満州国方面)や朝鮮半島に勢力を浸透させつつありました。奇跡(に近い)の明治維新を成し遂げた日本ですが、国力はまだまだ不安定ですし、防御面においても朝鮮半島の安定化は必要です。(現在の北朝鮮の情勢をみれば分かりますね)。

では、日本・朝鮮・中国が団結して欧米列強に対抗できればよいのか?

しかし、朝鮮・中国ともに近代化しようという気持ちは全くありませんでした。結局日本は単独にて自主独立するしかなかったのです。

帝国主義全盛の中、座して欧米列強の植民地になってしまうか、あるいは(悪い事とは知りながら)国力増強のために欧米列強と同様植民地(朝鮮や中国)を獲得するか・・・結局日本は帝国主義の道を歩む事となったのです。

話は前後しますが、朝鮮の権益を巡って、日本と清は衝突しました。いわゆる日清戦争です。勝利した日本ですが、ここでいよいよ大国ロシアが登場してきます。当時のロシアは世界一の陸軍を持ち、海軍もイギリスに次ぐ世界第二位の戦力を保持していました。
 
そのロシアがいよいよ南下、朝鮮・満州方面に勢力を伸ばし始めたのです。日本は慌てましたねぇ。

清との戦争で勝利はしたものの、すぐにロシアがドイツ・フランスと共に三国干渉をしてきました。

やむなく日本は承諾して、遼東半島を清に返還します。そして、ちゃっかり遼東半島の一部をロシアが借りる事になりました。その時の日本首脳の思いはいかに・・・。

ロシアの中国進攻を問題視していたのは、日本だけではなく、イギリスもそうでした。そこで、せめて極東方面だけでも何とかしたいために、日本と手を組んでロシアの南下を阻止し、中国におけるイギリスの権益を保持しよう、と考えました。

そして、もう一つの国も同様にロシアの中国への南下政策を懸念していました。そう、アメリカです。アメリカは、幕末から終始一貫中国への進出を狙っていました。アメリカは、うまく日本を利用してロシアの中国への南下を押さえようと考えました。アメリカから見たら、広大な領地を持つロシアよりも、せいぜい東アジアあたりへの影響力しか保持たない日本の方が御し易いと思ったのでしょう。

日露戦争に辛勝した日本は、ようやく明治からの念願である(安全保障上の観点から)、どうしても欲しかった朝鮮半島への優越的地位の確立に成功します。アメリカとしても、朝鮮半島までは日本が支配することを容認していました(日本が朝鮮を支配する事とアメリカがフィリピンを支配する事を相互に承認する協定を締結する事で)。
 
同様に、イギリスも日本が朝鮮を支配する事を容認するかわりにイギリスがインドを支配する事を容認する条約を締結しました。

結果、ロシアは(日露戦争に敗北した事もあり)、朝鮮はおろか中国東北部からの撤退も余儀なくなってしまいました。

そろそろ、この辺から日本とアメリカの関係がギクシャクし始めます。当初から狙っていた中国での利権を、日本がしだいに持ち始めたからです。

そして、第一次世界大戦です。日本はドサクサに紛れて中国における権益拡大に走りました。「対華21か条の要求」です。これに対して、アメリカと同盟国であるイギリスは日本に対して不信感を募らせました。

イギリスは、中国における自国の権益が脅かされるかもしれない。それに、日本はわが国からの要請である重巡洋艦を地中海方面に援軍として派遣して欲しいと頼んだのに、駆逐艦を派遣してゴマカしました。日露戦争の時には、ロシアのバルチック艦隊をけん制してあげたのに・・・です。日本はあまり頼りになりそうもない。ならばいっその事アメリカと組んだ方が国益に沿うな、と。

アメリカも当時締結されていた日英同盟をひどくやっかんでいて、何とか破棄させようと目論んでいました。結果、第一次大戦後のワシントン条約の軍縮の流れの中、日英同盟をどさくさに紛れて解消させてしまいました。日本の運気は、この日英同盟の解消以降確実に下がっていきます。

ここで、たぶんこうであろう第二次世界大戦の原因(の一部)について、独断と偏見をもって書いてみます。違う考えの方、あくまで一つの見方と思ってください・・・

一つは、第一次大戦からの多額賠償金による国の疲弊(ドイツがそうですね)。

二つめには、世界恐慌によるブロック経済化。これには日本・ドイツ・イタリアが打撃を受けました。

ブロック経済化とは、世界恐慌の対応策として欧米列強がそれぞれ独自の勢力圏を設定したものです。そうする事により、その他の国からの輸出入品に莫大な関税を掛けて、他国を締め出すようにしたものです。

南アメリカ大陸と北アメリカ大陸を勢力圏としたアメリカ、アフリカやインド・オーストラリアなどの英連邦を構成したイギリス、アフリカやベトナムなどと東欧を勢力圏に収めたフランスなど。ソ連は広大な領地があったので自国で賄え、5ヵ年計画にてほとんど世界恐慌の影響を受けませんでした。

これらの国は、自前(の勢力圏)にて必要なもの(石油とか鉄鉱石など)で賄えた列強、すなわち”持てる国”です。

一方、ドイツはようやく賠償金による国内不況から脱しつつあったその矢先に世界恐慌の打撃を受けて、どうしょうもなくなりました。イタリアは元々植民地をほとんど持っておらず、また自前で賄えそうな資源も乏しかった。日本においてはほとんど無資源国で、外国に生糸などの商品を売って外貨を稼いで世界恐慌による経済打撃を立て直そうとしましたが、どこもブロック経済化していて高関税で売却できない状況。

どうするのか・・・。じゃ、中国を日本の勢力圏に収めて他国と同様にブロック経済化して少しでもこの難局を乗り切ろうか・・・そう考えた日本は中国に対して日本製品を優先して買うように求めますが、中国に拒否されます。まあ、当然といえば当然ですが。
 
残るは中国への軍事的進攻しかない。そしてとうとう日華事変の発生、そして日中戦争へと進んでいきました。

これら一連の日本の行動を面白く思わなかったのは、ずっと前から中国市場への参入を狙っていたアメリカです。これには、まずはロシアが邪魔となっていました。日本を上手く利用してロシアの勢力を追放することに成功しますが、今度は日本がその勢力を中国に伸ばし始めてしまったので、次は日本の存在が邪魔になってきました。

このように、ドイツやイタリアも日本同様に世界恐慌の”負け組”になってしまい、経済的に立ち行かなくなってきました。
 
自国の経済ブロックの拡大を目指して日独伊の三国は勢力拡大に乗り出しました。ドイツはオーストリア方面や東欧へ。イタリアはエチオピア併合へ。そして日本は中国(満州方面)への進攻。

これら三国は、近代経済を支える原油・鉄鉱石などを産出する地域をほとんど持っていません。残るは対外侵略の手段のみ・・・。アメリカ・イギリス・ソ連は殆ど自分の勢力圏にてこれら原料を確保できる“持てる国”だったのに対して日本・ドイツ・イタリアは“持たざる国”だったのです。

もう既に世界の勢力圏の割り当てはほぼ決定している。そうなったら、持てる国と衝突するしかなかったのです。数少ない空白地(すべてではありませんが)といえるのが中国でした。

つまり、第二次世界大戦とは持たざる国が持てる国に対して起死回生の策として、戦争と言う手段に出たのが実情というところでしょうか。

で、1939年に第二次世界大戦が勃発します。快進撃を続けるドイツに対して、連合国の一つであるフランスは、開戦からわずか1ヶ月で降伏します。イギリスは、かろうじて海軍力にて勝っているので、ドイツの本土上陸を阻止していますが、連日のロンドン爆撃に相当痛めつけられました。さらにドイツ海軍のUボートにより本土補給線をズタズタにされてアップアップ。イギリスのチャーチル首相は、大国アメリカのルーズベルト大統領に助けを求めました。アメリカとしても、元の故郷(出身地)という思いのあるヨーロッパがナチスドイツの支配下に収まる事に対して快くは思っていませんでした。

また、ドイツ国内においては有名なユダヤ人虐殺が始まっていました。アメリカの政財界において勢力を広めつつあったユダヤ人は、何とかヨーロッパの同胞を助けようと考えました。ルーズベルトも、元は植民地であったアメリカが宗主国イギリスを始めとしたヨーロッパに颯爽と登場してヨーロッパをナチスドイツの手から開放するという設定に強く惹かれていました。
 
ただ、ルーズベルトは選挙公約として“アメリカ市民の皆さんやその息子さんを戦場に送らない事”を公約して3選を果たせたという経緯があり、アメリカから先立ってドイツに対して開戦するというのは難しかったのです。何とかドイツから先にアメリカに先制攻撃させたい・・・しかし、ドイツも第一次世界大戦の経験から(大国のアメリカの参戦により敗北した)、いくらアメリカがドイツを挑発しても、それにはのりませんでした。

この時アメリカはふと気づきました。日本とドイツは同盟関係にある事を。日本を挑発して先制攻撃させたら、ドイツは三国同盟の関係から参戦してくるのではないか、と。そして、ドイツと日本を倒したら戦後の覇者はアメリカとなる。そうしたら、 中国・そして、ヨーロッパを新たにアメリカの勢力圏に収められる、と。

しかし、アメリカとしてもあまり日本を追い詰めようとは考えていなかった感じもします。しかし、ターニングポイントとなったのは、1940年の日本によるフランス領土インドシナへの侵攻からではなかったか、と思います。インドシナとアメリカの植民地フィリピンとは眼と鼻の先です。このままではアメリカの国益が侵害される、日本を何とか止めねばならない。と。

当時の日本はくず鉄をアメリカから輸入していました。それの輸出をアメリカは止めました。そして、アメリカは日本に最後通告、いわゆる”ハル-ノート”の受諾を迫りました。

1、日独伊三国同盟の破棄
2、フランス領土インドシナからの撤退
3、中国からの撤退。

ハルノートの概要はこの3つです。しかし、日本にとり一番のめなかった条件は、3の中国からの撤退でした。世界のブロック経済化からの不況から脱出するためにやむなく中国に進出した日本でしたが、その中国から撤退してしまっては、経済的に立ち行かなくなります。特に満州国からの撤退は、多くの日本兵士の犠牲の上に獲得した既得権益と日本の陸軍の中枢は考えていたので、どうしてもその要求を呑む事ができませんでした。

アメリカとしても、中国国民党の蒋介石の顔を立てて、あえて中国からの撤退の条件の中に満州国からの撤退も含めるかどうかについて曖昧にしていたようです。中国撤退と満州国からの撤退は別と捉えていたフシもありますが、日本の中枢は中国からの撤退とは満州国も含むと判断したようです。

原油がなくては、日本は立ち行かなくなってしまう・・・。

それまでは、対米との戦争は回避しようと考えていた日本海軍も、次第に対米戦もやむなしという考えも出始めました。

と、日本は対米戦もやむなしと判断して、ついに太平洋戦争へと突入していきました。
 
もうこの時には、アメリカは対日本戦をやる気満々だったので、いくら日本が外交上譲歩しても戦争は不可避だったと思われます(まぁ、日本がハルノートを受諾して中国から撤退すれば何とかなったかもしれないが)。

ここでABCD包囲網についてですが、オランダ(D)はイギリス本土に亡命政権を持ち、イギリスの意向には逆らえない。イギリス(B)は何とかアメリカの支援(参戦)が欲しい。中国(C)国民党もアメリカにせっせと武器支援ももらっていて、アメリカの意向には逆らえない。そんな状況のうえに、アメリカ(A)自身も、日本と戦争する気が満々。そういう状況の中、日本の近場の石油産出地のボルネオ島は(オランダの植民地だから)いくら日本がオランダに石油の輸出を希望してもオランダは拒否します。

こうなったら、日本としては、戦争に活路を見出そう・・・奇跡的に勝てた日露戦争の再来と思ったのかもしれません。ただ、当時は同盟国イギリスがいました。仲介国のアメリカもいました。当時とは大きく状況が違う・・・

日本海海戦に相当する大勝利もないまま、日本は敗戦となったのです。アメリカは、日本に先制攻撃(真珠湾奇襲攻撃)させることにより、大義名分を得て参戦していきました・・・

当時の思惑は別として、結果としては、日本は朝鮮半島を膨大な資金で近代化し、欧米列強の過酷な植民地支配から東南アジアを解放しました。

人権を完全に無視した、本当の意味での”奴隷”が存在しなかった日本という国。非情な国際社会に揉まれた、勤勉でお人よしな日本。でも、僕はこの国が大好きです!