錫杖の音
錫杖って知ってますか?
遊行の僧侶が、笠をかぶって、黒いケサかけて
長い棒を杖の様に突きながら歩いている映像を
見たことある人もいるでしょう。
その杖の事です。
杖の頭には、丸い金属の輪があり、
その輪に数個の輪がかかっている。
歩く時に、その錫杖を地面に突くと
「シャ~ン。シャ~ン」という音になる。
あの音は、確かに錫杖の音だ・・・。
私が子供の頃、夜中の3時頃に
「シャ~ン。シャ~ン。」という音に目が覚めた。
何の音だろうと最初はわからなかった。
当時、妖怪などに興味を持っていた私は、
テレビ等で、そんな怪談話に出てくる
遊行僧の錫杖を見聞きし知っていた。
そのため、それが錫杖を突く音だとすぐに分かった。
しかし、なぜこんな住宅街に遊行僧がいるのだろう。
徐々に近づいてくる。音が近くに聞こえてくる…。
そして、錫杖を突いた後に、地面に引きずる音さえ聞こえるようになった。
「シャ~ン。カラカラカラ。シャ~ン。カラカラカラカラ。」
私の部屋は、私の家の敷地の西側にあるのだが、
遊行僧は、私の家の敷地に面した東側の通りを歩いている。
離れてはいるがハッキリと、その通りを歩いていることがわかる。
しかし、音は、そのまま通り過ぎ、少し先のところで止んでしまった。
閑静な住宅街でチョッと先に行けば大通りもある。
こんなところにも遊行僧がいるんだと感心していた。
数か月後、また、遊行僧の音がする。
また、その数か月後、同じことが…。
全部で4~5回は、あの音を聞いたかもしれない。
それも必ず3時頃で同じ方向から来て
同じ方向に去ってゆく。
ある日、また来た。
「シャ~ン。シャ~ン。」
音が近づいてくる。
気が付いた私は、
今まで恐ろしくて見ることが出来なかった
その姿を、意を決して見てみようと考えた。
雨戸を開ければ、そこには遊行僧の姿があるはずだ。
やっぱり、そうだったのかと納得して雨戸を閉める事になるはずだ。
一番近づいた時に、そ~っと雨戸を開けてみた。
私の部屋から東側の通りは良く見えるのだが、
そこには、誰もいなかった。
しかし、音だけが、
「シャ~ン。カラカラカラ。シャ~ン。カラカラカラカラ。」と響くのだった。
いつもの様に私の家を少し通り過ぎたあたりで、音が止んだ。
それ以降、その音を聞く事はなくなったが、
未だに、あの時の音の正体をつかめていない。
今、私の家は建て替えられ私の部屋は、
東側の通りに面している。
次に音が聞こえた時には…。