2ケ月ぶりにアメーバに還ってきました。
仕事柄、年末・年始はどうしても仕事、仕事で、自分の時間が取れませんでした。
それに、年明けに我がバンドの「20周年記念ライヴ」なんぞやりまして、忙しかったけれど何とかまた平穏な生活に戻りましたので、ブログを再開したいと思います。
覗いていただける皆様、今年もよろしくお願いいたします。
さて、今年第1回目ということで、我がバンドでもレパートリーの「ヘイ・ポーラ」を取り上げてみました。
「ヘイ・ポーラ」は、1963年、全米ヒットチャート第1位に輝いた「ポール&ポーラ」の大ヒット曲です。
作ったのはレイ・ヒルデブランドで、実はこの方が「ポール」さんなのです。
アネット・ファニセが唄う「トール・ポール」という歌を聴いてヒントを得て、2ケ月かけて作ったそうです。
相方の「ポーラ」さんは、ジル・ジャクソンといいます。
デビューの頃は「レイ&ジル」で唄っていたといいますから、このままのネーミングで「ヘイ・ポーラ」の大ヒットはなかったんじゃないかと思ってしまいます。
マーキュリー・レコードがマスター・テープを買い取り、デュエット名を「ポール&ポーラ」に改めて「ヘイ・ポーラ」を発表したのが1962年の暮れ。
すぐに全米チャートベスト100に入るや、その6週間後には全米第1位に上り詰めてしまったのです。
「ヘイ・ポーラ」は、日本では、ヤッチンこと田辺靖雄さんと、「こんにちは赤ちゃん」の梓みちよさんがデュエットでカバーしました。
訳詩をしたのが安井かずみさんでした。
同じ年、少し送れて、ダニー飯田&パラダイスキングが、「コメットさん」の九重佑三子さんをメインボーカルに迎えて「ヘイ・ポーラ」をカバーしました。
つまり、田辺・梓組と九重・パラキン組との競作になったというわけです。
この曲が元になったかどうかは定かではないですが、田辺ヤッチンと九重コメットさんは、この後、本当に結婚してしまいました。
そんなこんなで、この「ヘイ・ポーラ」は、田辺靖雄さんと九重佑三子さんが最初からデュエットで唄っていたと思っている方が多いようですね。
(「コメットさん」とは、1967年、週間マーガレットに連載されていた横山光輝さん原作の漫画で、TVドラマ化された時に主演したのが九重佑三子さんでした。ちなみに、大場久美子さんが2代目コメットさんですね。)
ところで、「レイ&ジル」のレイ・ヒルデブランドは、「ヘイ・ポーラ」が大ヒットの最中にもかかわらず、ツアーの途中で脱退してしまいました。
クリスチャンとしての平凡な人生を選んでしまったのです。
ツアーを止めるわけにいかないので、急遽、バックバンドのリーダー、ディック・クラークがレイの代わりにジルとデュエットをしたという話しが残っています。
つづく