1926年、カリフォルニア州サンホセで「チャック・ベリー」は生まれました。
幼い頃は、それほど音楽に触れてはいなかったようで、17才の時、車の窃盗罪で3年間少年院に入ります。
出所後、彼は、セントルイスでミュージシャンの道を歩む事になります。
ビリー・エクスタイン、ナット・キング・コール、マディ・ウォーターズ、チャーリー・クリスチャン等、憧れのヒーロー達の影響を受けながら、プロのミュージシャンとして活動を続けました。
ある日、シカゴのクラブで演奏をしていると、そこへやって来たのがブルース界の大物、「マディ・ウォーターズ」でした。
チャックの演奏を気に入ったマディは、チャックにチェス・レーベルのオーディションを受けさせます。
そこで演奏したのが、「ウィー・ウィー・アワーズ」と、「アンダー・レッド」という彼のオリジナル曲でした。
そして、「アンダー・レッド」を焼き直して、記念すべきデビュー・シングル「メイベリーン」が発売されました。
B面に、「ウィー・ウィー・アワーズ」が収録されました。
この曲、当時の人気だった伝説のロックンロールDJ、「アラン・フリード」が、ラジオでかけまくった事もあって、全米第5位の全国的大ヒットとなりました。
それまで黒人にしかなかったR&Bを、「ロックンロール」という言葉で広めたのも、「アラン・フリード」でした。
これから「チャック・ベリー」は、ヒット曲を連発することになります。
1956年、「ロール・オーヴァー・ベートーベン」、これは全米29位でした。
1957年、「スクール・ディ」、全米第3位の大ヒットでした。
同じく、「オー・ベイビー・ドール」が全米57位、「ロック&ロール・ミュージック」は全米第8位でした。
1958年には、「スウィート・リトル・シックスティーン」が全米第2位の大ヒット、そして、「ジョニー・B・グッド」が全米第8位と、立て続けに大ヒット曲をチャートに送り込みました。
もしも「ギターのリフ」に著作権があったならば、「チャック・ベリー」は億万長者になっていたと言われています。
それ程、彼の生み出したギター・リフは、無数の楽曲で使われています。
「キース・リチャーズ(ローリング・ストーンズ)」のギターは、まるでチャック・ベリーのコピーですよね。
ビーチ・ボーイズの「サーフィンUSA」は、「スウィート・リトル・シックスティーン」を焼き直ししたものである事は有名です。
「ロール・オーヴァー・ベートーベン」、「ロック&ロール・ミュージック」は、ビートルズがカバーしました。
「トゥー・マッチ・モンキー・ビジネス」は、エルヴィス・プレスリーがカバーしました。
「ジョニー・B・グッド」などは、ジミ・ヘンドリクス他、どれだけのバンドがカバーしたか数えられないくらいです。
エルヴィス・プレスリーは、「ロックンロール」を、白人達に広めた貢献者でした。
チャック・ベリーは、「ロックンロール」を、世界中の若者達に広めた貢献者と言えます。
もうひとつ、チャック・ベリーの功績を高く評価した人達に、NASAがありました。
1989年、ボイジャー2号に乗せた宇宙人へのお土産の中に、「ジョニー・B・グッド」をデジタル録音したディスクが収められました。(バッハの曲も収められていましたね。)
そのボイジャーは、太陽系を飛び出して、遥か外宇宙へと旅立って行きました。
ヴェートーベンを超えて、バッハと肩を並べるなんて、まさに「ロックンロールの神様」と呼ばれるにふさわしい大スターですよね。
「チャック・ベリー」、御歳70才を越えた今も、世界中を駆け回るロックンローラーなのです。
つづく


