1960年代後半、米国で巻き起こった「フォーク・ロック・ブーム」は、数多くのシンガーやグループを送り出しました。
「ボブ・ディラン」「サイモン&ガーファンクル」「ドノヴァン」「ママス&パパス」等等・・・。
そんな中で、最も華々しいデビューを飾ったのが「ザ・バーズ」でした。 ![]()
特筆すべきは、彼らには「テリー・メルチャー」という優れたプロデューサーが居たという事です。
そのお陰で、15曲以上のシングル・ヒット曲と、20枚のアルバムを発表しています。
1964年、ハリウッドの有名なフォーク・ソング・クラブ「トルヴァドール」で、「ロジャー・マッギン(G)」、「ジーン・クラーク(G)」、「デビッド・クロスビー(G)」の三人のシンガーが出会い、意気投合します。
そこへ、「クリス・ヒルマン(B)」と「マイケル・クラーク(D)」が加入して、「ザ・バーズ」が結成されました。
彼らの目指すサウンドは、【ボブ・ディラン】+【ビートルズ】という、それまでにはない音楽のスタイルでした。
1965年、ボブ・ディランとジャック・エリオットが作った曲「ミスター・タンブリンマン」を引っ提げてデビューした「ザ・バーズ」は、いきなり全米第1位に輝いたのでした。
「フォーク・ロック」というそれまでになかった新しいジャンルの誕生でした。
そもそも「フォーク・ロック」が大衆に認知されたのは、1965年の「ニューポート・フォーク・フェスティバル」での事件(?)が発端でした。
フェスティバルの最終日、「ボブ・ディラン」は、エレキ・ギターを抱えてステージに登場し、「ライク・ア・ローリング・ストーン」を唄い始めました。
すると、それを観ていたファンが騒ぎ始め、「何でエレキなんだ!」「何故アコギを弾かないんだ!」「フォークの裏切り者!」と、大きなヤジと怒号の渦になったのでした。
やっと1曲を唄い終え、涙を流しながらステージを降りたディランは、エレキ・ギターを投げ捨て、アコースティック・ギターに持ち替えて、再びステージに上がります。
拍手と歓声の中、「イッツ・オーバー・ナウ・ベイビー・ブルー」を熱唱したのでした。
そのディランの後に「ザ・バーズ」が登場した訳ですが、罵声と歓声の両方を浴びるディランの姿を、目の前で見ていたにもかかわらず、「ザ・バーズ」は、そのディランが作った「ミスター・タンブリンマン」を、それもエレキ・ギターで演奏したのでした。
しかし、これが観客に素直に受け入れられ、後の大ヒットにつながったのですから、皮肉といえば皮肉です。
「ザ・バーズ」の成功があって、「フォーク・ロック」というジャンルが確立され、その後の音楽界に大きな影響を及ぼしたのでした。
日本でも、「よしだたくろう」さんがフォーク・ギターからエレキ・ギターに持ち替えた時に、「タクロー帰れ!」コールがありましたよね。
日本人っていうのは、誰かが既成のカラを破って飛び出して行こうとするのを良く思わない、そんなところがありますよねえ。(この島国根性めが!) ![]()
「ザ・バーズ」の曲、「ミスター・タンブリンマン」「ターン・ターン・ターン」も好きですが、私は何故か、サイケデリックなサウンドの「霧の8マイル」が大好きです。![]()
好きな「ヴェンチャーズ」がカバーしているせいもあるかもしれませんね。 ![]()
ボーカル・バージョンとインスト・バージョンの違いはありますが、どちらの演奏もGOOD!です。
つづく