## Camping Trailer というバンド
大学時代同じバンドサークルの(入会年次的に)一つ後輩であり、いくつかのバンドで一緒に活動したことのある、スーパーミュージシャン・イノケンから「すごいバンドがいる。今度セッションするから一緒に演奏しないか」と連絡があった。僕はそのときまだ大学院生で、研究室で実験のレポートか何か書いている最中だった。当時の僕はマクドナルドの夜勤のアルバイトをしながら、研究室にほぼ住み込みで研究に没頭する生活をしていたが、お互いの窮地にはいつも支え合ってきたイノケンからの誘いだったし、セッションはもう数日後とかに迫っていたような記憶があるが、そのときの僕はセッションへの誘いを快諾したのだった。
セッション当日の天気は雨だった。約束の時間より三十分ほど早く下北沢駅に着いた僕は、今はなき下北沢南口を出て近くのマクドナルドに入り、2 階の窓際のカウンター席に腰を下ろした。セッション会場である(これまた今はなき)「下北沢屋根裏」にはイノケンと待ち合わせて向かう予定だったので、到着するまでの僅かな時間で、五線紙に「オーシャン」という曲のコード進行を書き起こすことにした。そうして、イノケンが到着するころには 8 割くらいまでは書き起こすことができたが、何度も繰り返し聞く中で、この曲の構成や音像の美しさに感銘を受けたのを今でも覚えている――もっとも、当時の僕は「音像」という言葉を知らなかったのだが。会場に向かう間、イノケンも同じような感想を口にしていた。
実際のセッションの内容や、その後でバンドメンバーと何を話したかはほとんど覚えていない。自分がロクな演奏をできなかったということだけをなんとなく覚えている。これが Camping Trailer というバンドとの初めての出会いだった。
そのセッションの後、イノケンは Camping Trailer の正式ドラマーとなった。僕には声は掛からなかったが、その後も彼らの音源は聞き続けた。特に、インターネットにアップロードされていた「ランゲージ・ライク」という曲と、セッションのときに頂いていた「オーシャン・EP」の「メロウトーン」という曲が大好きで、狂ったように聞いていた。
## イノケンを通して見聞きしていた Camping Trailer
その後もイノケンとは親交があったが、会うときにはいつも Camping Trailer の話を聞かせてくれた。僕はイノケンのやっているそのバンドの一人のファンとして、また音楽の戦友としてその話を聞いた。イノケンの話は、いつもそのバンドへの愛情に満ちていて、それ故に楽しい話ばかりではなかった(例外的に、バンドのために機材を買い、それを使って新しい試みをしているというような話をするときの彼は決まって楽しそうだった)。そして時折、今の Camping Trailer には僕が必要だという話をしてくれた。僕はというと、オリジナル曲を演奏するバンドでは、自分が作曲を手掛けるバンドしかやってこなかったし、キーボードプレイヤーとしてはまるで不器用だったから、演奏家として必要という意見には心から同意はしていなかった。性格の面での期待もあったようだが、それについては分からなかった。
## Camping Trailer への加入
Camping Trailer のメンバーと初めてセッションしてから 3 年が経った。僕は今勤めている会社に入社し、社会人 2 年目になっていた。変わらずイノケンとは親交があり、Camping Trailer の話をよく聞いていた。確か夏の終り頃だったと思う。イノケンから、今のメンバーとまたセッションしないかという誘いをもらい、セッションすることになった。買ってまだ間もない KRONOS2 を転がして、中野のスタジオ LIFE に向かうのが酷く大変だったのを覚えている。そしてその晩、打ち上げで入った飲み屋で、正式に加入のオファーを貰うことになる。ファンだったバンドからのオファーは本当に嬉しかったし、迷いはあったが、一緒に演奏した上で求めてもらえたのだからと、喜んで受けることにした。
当時の僕は、板橋駅の近くの小さなワンルームマンションを借りていたのだが、その年の冬に電子ドラムの演奏音について苦情を受けてしまい、仕方なく新しい家を探さなければならなくなった。イノケンの家を訪ねたとき、そのことを打ち明けてみたところ、イノケンも今の家に不満を持っているというので、急遽二人で住める演奏可能なシェアハウスを探すことになった。そしてなんとその日のうちに条件に合う物件が見つかり即契約、12 月の末に世田谷の築 50 年木造平屋に二人で移り住むことになった。
翌年からは、バンドのミーティングをシェアハウスで行うようになり、新曲の制作もそこで行うようになった。ただ、その頃はまだ「Memoryscape+4」のリリースツアー中だったこともあり、ツアーのライヴには出演せず、あくまで制作だけの参加であった。ツアーを終え落ち着いたタイミングで新メンバー加入を発表し、ライヴに参加する算段だったのだ。しかし、この算段は後に崩れることになる。
実は、Camping Trailer からのメンバー加入オファーの数週間後、当時僕が作編曲家として活動していた別の音楽ユニットのプロデュースのオファーの話が舞い込んでいた。それも僕が幼少の頃から本当に尊敬している編曲家の方からだったので、僕は受けるべきか本当に悩んだのだが、そのことを Camping Trailer のメンバーに相談すると、大部分を Camping Trailer 側が譲歩する形での「両立」を応援してくれた。そのとき僕は、メンバーみんなが背中を押してくれるその寛大さに本当に救われた。僕は、プロデュースのオファーを受諾することにした。
翌年から、その音楽ユニットのプロジェクトは着々と進行し、夏には新しいアーティスト写真とともにホームページを一新、プロデュースにより生まれ変わった音源のサンプルが公開された。その一方、プロジェクトの進行とともに僕の肩書きや音楽的な行為に制限が伴うようになっていった。それが「Camping Trailer への加入 NG」である。このことは、それまで僕を支えてくれていた Camping Trailer のメンバーの信頼を裏切るような行為だったと思う。その結果として、その年の 11 月のライヴから「サポート加入」という形での対外発表となった。初めて憧れのバンドメンバーと同じステージで演奏できた日は本当に嬉しかったのだが、どうしても心苦しい気持ちがそこにはあった。
## Camping Trailer からの脱退
表向きサポートメンバーとして加入した翌年からは、前年制作した新曲のいくつかと、キーボードや 3rd ギターありの編成でアレンジした旧曲を引っ提げてライヴをするようになった。その年はバンド編成で 17 回、アコースティック編成で 5 回、ライブハウスに出演した。それと並行して、音楽ユニットの楽曲制作、所属事務所の案件の収録などは、バンドメンバーに迷惑を掛けながらハイプライオリティで行った。さらにその年からは会社での仕事が激化し始め、終電で帰るのが当たり前の生活になっていた。誰がどう見てもキャパシティオーバーだった。
この状況を解消できなかったのは、完全に自分の能力のなさ(自己管理、リスク回避、自閉傾向など)が故だったが、そのことに向き合うほどの余裕すらなかった。余裕の無さから、メンバーに対して配慮のない言葉を吐いてしまうことも多々あった。僕がこのバンドで演奏する喜びは、愛する Camping Trailer の音楽を尊敬するメンバーと奏でられることにあったが、それより先への期待に応えるのが難しくなってしまった。その状態は翌年になっても変わらず続いた。特に仕事の方は更に忙しく、8 月から 9 月に掛けては 20 日間休みなしで働いたりもした。
同年 3 月、父方の祖母が亡くなった。その前年には母方の祖父が、またその前年にも父方の祖父を亡くしていて、人生とは何なのか、死ぬときにどうありたいか、ということを否が応でも考えるようになった。それで、僕は人生を見つめ直さないといけないんじゃないかと思うようになっていった。自分らしい人生とは何なのか、考える時間が必要なんじゃないかと思った。
それで僕は、気持ちをリセットして自分と向き合う時間を作るため、Camping Trailer を脱退することに決めた。こんなにも身勝手な、逃げるような理由で。それでも Camping Trailer のメンバーはみんな、ユニットのプロデュースのときと同じように僕の決断を後押ししてくれた。脱退の気持ちを打ち明けた日は、自身の情けなさと、メンバーの優しい言葉に、感情の整理が追い付かず、泣き崩れてしまった。
## 虻ちゃんの加入と、2nd album "Burn" のリリース
脱退を考えたとき、後任者のことが頭をよぎった。Camping Trailer では、キーボードとギターとコーラスを担当していたので、全てこなせて Camping Trailer に愛のある人にやってもらえれば、これ以上のことはないと思った。そんな人は、自分の知る限り NAUT の虻ちゃんしかいなかった。だから、自分が Camping Trailer を脱退しようと思っていること、そしてバンドの意向は聞いていないが、もし後任者を探すことになったらそのときは虻ちゃんにやって貰いたいと思っていることを伝えた。そして虻ちゃんは「やりたい」と返事をくれた。このことにも本当に救われた。改めて感謝を伝えたい。ありがとう。
僕の在籍期間中のリリースは叶わなかったが、今年、僕が制作に関わった Camping Trailer の 2nd album がついにリリースされる。
フルバージョン(10曲)
https://camping.theshop.jp/items/29023305
ストリーミングバージョン(5曲限定)
素晴らしいアルバムに仕上がったので、是非多くの人に聞いてもらいたいと思う。
## 脱退後のこと
脱退と時を同じくして、世田谷のシェアハウスを完全に引き払い、埼玉の実家近くの防音賃貸マンションに越してきた。今は心にかなり余裕もでき、コロナ禍の外出自粛要請にに託けて、これまでやりたかったことに片っ端から手を出している。自分らしい人生の輪郭がちょっとずつ見えてきつつある。
ちなみに、Camping Trailer の Burn はリリース以降、在宅ワーク中の BGM としてヘビロテしている。