(4月20日の主体的歯科医療からの続きです)
私自身の患歯はまだ無菌状態になっていません。おそらく外科的処置をしないと(上顎洞との関連もあるので)根治は難しいと考えています。そのような状態での安易な補綴処置(ほてつしょち)、即ち被せモノを装着するのは絶対×。
糖質制限を開始して10年。ほとんど症状は出ません。時々痛みがありましたが、精度の高い糖質制限を継続してからは患歯がある事すら忘れています。果たして無症状で治療は必要なのか、又治療というか医療とは何のために存在するのか、という事につながる事象でしょう。
症状は糖質制限で抑えられている、では何故処置を必要とされるのか・・・。ここに「常識」の壁があると思います。(=悪い歯は治すべき、という「常識」)治療(医療)という手段が目的となってはいけないと考えるのです。
私は自身の病巣を画像で定期的に診ています。これは自分の気休めであり、又色々(同業者に)聞かれた時の無処置を貫くための客観的な論拠とするためでもあります。
手段が目的となってはいけない。この感覚が一般化すると世間の歯科医院は多くが潰れるはず。歯科医療にあっては無駄で無意味、あるいは道義的に問題ある行為が多すぎる。
故に自身の判断で治療を受ける事が肝要だと強く思うのです。初診時での治療計画の説明がイイ加減な歯科医は特に危険だと考えます。
金曜日の記事にも書きましたが、私自身が歯科患者であるゆえ、それも歯科医からの上顎洞穿孔(せんこう=穴を開けてしまう)という医療過誤を受けた者ゆえ、正しい患者対応を追求します。
糖質制限を勧める歯科医は信用できるでしょう。なぜなら虫歯や歯周病の原因は糖質ですから、糖質制限が普及すると歯科医は不要になるでしょう。それでも患者の利益のために糖質制限を叫ぶのはヒトとしての良心がある証ですから。
顎関節症も糖質制限でコントロールできるのではないのか、私は最近このような仮説を立てました。顎関節症にも私は若い頃に苦しみました。食事で顎が外れるのではないかという恐怖。噛むたびに顎関節雑音に悩まされる苦痛・・・。
主体的歯科医療の話が糖質制限に飛んでしまいました。私にとっては糖質制限が理想の健康法だと感じています。がしかし糖質制限が苦痛、というヒトには最悪の健康法でしょう。実際に免疫能も低下するはず。
ここにも主体性が求められます。世間で理想的だとされる事でも自身の身体には合うのか否か・・・。自分の頭で考えずに安易の流される事の危険性が見えてくるのではないのかなあ。