と思っていても公人らは絶対に口に出しません。いや出せないのでしょうか。その最たる現象が緊急事態宣言中にオリンピックを開催した事。これって世が世なら暴動が起こっても不思議でないくらいの歪んだ社会の流れだと思うのです。緊急事態宣言に何の意味があったのか?
本日宣言が解除されましたが、これって国民が國に振り回されているだけ。真理無き國の動きには不信しか出てきません。どうして解除しても段階的に・・・なんて言いながら時短営業を強制するのでしょう。
新型コロナに感染し発症し重症化する事を避ける事は必要です。がしかしアルコールとカラオケを目の敵にし、旅行や帰省を制限。果てには身内のお見舞いまでストップさせる事でどれだけのヒトが泪したのでしょうか。しかもこれらの制限が新型コロナ感染を防ぐというエビデンスなんてどこにもありません。(誰も知らない未知の感染症なのですから)
ワクチン半強制のような風潮も絶対に間違っているのですが、それ以上に「接種しても感染した」という事例が続出すると「ワクチンは重症化を防ぐためのもの」という苦しい言い訳に終始し、又この考え方を国民に洗脳しようとしているのです。(これは季節性インフルエンザの時の言われ方を使いまわしているだけで、接種と重症化回避の関係性に論拠などありません)
反ワクチンという言葉が独り歩きしています。反ワクチンというのは宗教だという馬鹿げたヒトもいます。酷いのになると9月24日「糖質制限と新型コロナ」の記事に出した、マスクしていない私と目を合わさず口もきかなかったおバカも居ます。この馬鹿は反マスクなのでしょう。
國とマスコミの洗脳に乗っかり苦しい生活を受け入れるのか、それとも自身のアタマで物事を判断しコロナ騒動を無視して楽しい毎日を送るのか。この選択、私の糖質制限の師匠がおっしゃる「主体的医療」という考え方に通じるものがあると思うのです。
緊急事態宣言が解除されても承認ステッカーが無いからアルコールを出さない、緊急事態宣言が解除されても営業は21時で止める・・・これって何の真理があるのでしょうか・・・ありません。ですから意味なき強制なんて無視してもよいと考えます。
木を見て森を見ないと自身が不幸。森を見る方法としては「立ち止まって振り返ること」だと思う。決して難しい理屈なんて必要無いのです。当たり前の流れ(風潮)が本当に正しいのかを冷静に見つめる事だけ。本当に社会生活をストップさすようなウイルスなのか・・・誰もがココに目を向ける事が肝要だと思うのです。
【追記】
コロナウイルスというのは従来の風邪の原因ウイルスの1つとして知られていました。ですから、新型コロナウイルスの存在も否定しません。又ワクチンというのが前代未聞の遺伝子ワクチンであり不気味なだけで、ワクチン接種したヒトが電磁波云々という事も信じられません。それこそ何の論拠もない。(ワクチン接種者お断り、という開業医が実際に何軒かあるようです)
私は反コロナ、反ワクチンではありません。ですが免疫能を高めると決して怖い感染症ではない事を存じ上げています。マスクや自粛やワクチンには害こそあれど感染予防に無関係だと考えているだけなのです。