大阪や東京等の大都市でのJR路線にあっては乗車経路に関わらず最短距離で運賃計算をするという決まりがあります。大阪近郊区間においては例えば京都から大阪まで乗車する時に、湖西線、北陸本線、米原、東海道本線、草津線、関西本線、奈良、桜井線、和歌山線、和歌山、阪和線と経由して大阪に到着しても乗車券は京都~大阪を単純に東海道本線経由で計算されるのです。実際の経路通りに発券すると7千円を超えますが、560円の切符で乗車可能。
【11月28日の乗車記録】
京都駅8時56分発の湖西線普通列車の近江舞子行きの電車は期待通りの117系であった。今回、同行者と共に大阪近郊区間の大回り乗車を楽しもうと思ったのは、この117系に乗車するのが目的である。国鉄時代の末期につくられた車両で雰囲気が重厚なのである。座席間隔も広く贅沢なスペースが確保できる。何より乗車によって昭和を感じられるのが嬉しい。
冬晴れ模様の天気であるから非常に不安定。大津京(西大津)を出ると真っ暗になってきた。天候に左右されない鉄道旅行であっても晴れて欲しい、と思っていると天に想いが通じたのか堅田(かたた)を出て右手に琵琶湖が見えてくる頃には嘘のような強い日差しでポッカポカ。窓から強烈な太陽が差し込む。私は持参のビール(キリン採れたてホップ)をクーラーボックス(小さな物)から取り出しカップに注いでグビグビッとする。
天気は分毎に変化し近江舞子到着の時点では冷たい雨になっていた。ヒトもまばらな寒いホームには寂寥感が漂う。そういえば私が乗車した車両から降りたのは同行者と私の2人だけだった。夏には賑わう近江舞子海水浴場最寄り駅も晩秋の時期には寂しさしかない。私たちは逃げるように後続の電車で先を急いだ。117系に50分乗車できた事には満足。
近江今津には10時05分に到着した。湖西線近江今津駅、良い駅である。滋賀県とはいえ北陸に居るような感覚になる。立派な駅(2面4線)の高架駅に身を置くと昭和な国鉄時代が感じられるから不思議だ。この駅こそ重厚さを備える117系が似合うのだが残念ながら数年後に廃車される117系が入線してくることはもうないだろう。
近江今津駅ホームの寒い待合室に入ると暖房が入っていないし、入り口の扉が開けっ放しである。私たちが持つ切符は京都から東福寺までの150円の乗車券なので改札から出る事はできない。仕方がないのでコートにマフラー姿で待合室で寒さに耐える。40分の待ち合わせ時間が辛いので、私は扉を閉めた。待合室には数人の乗客が無言で待っていたが、だれも扉を閉めた私を非難するような目をしてなかった。当然である。
マキノというカタカナ駅名の駅を通過する時に外の天候が一層悪くなってきた。雹(ひょう)が降ってきたのである。観光客は少なく、乗車率50㌫くらいの車内は近場への用務客が中心のようだ。そんな中、カメラで車内を撮り続けている60歳くらいの男性がいた。何となく微笑ましく感じた。大きな荷物だったので遠くからの一人旅なのかもしれない。永原(ながはら)という熊が出そうな山深い駅では乗降客がほとんど居ない。晩秋の奥琵琶湖、演歌の歌詞で出てきそうなホームを眺めていると遠くに来たような気になった。
湖西線と北陸本線の合流地点である近江塩津には11時01分に到着した。広い構内で時刻表を見ていると大きな街があるような印象を受けるが何の事なはい。地形の関係でたまたま2つの路線がぶつかっているだけなのである。乗り換え客以外にほとんど乗客も居なかった。接続列車の姫路行き新快速はすぐに発車。長浜を通り米原に向かうにつれて新築の大きな家が増え始める。このあたりから大阪まで通勤するのだろうか。行きは良くても帰りが大変だ。新幹線で新大阪~米原をワープするのかもしれない。
米原から東海道線を経由し草津には12時22分に到着した。ここから滋賀県~三重県に抜ける草津線に乗車する。時間があるので構内のセブンイレブンで生ハムとアタリ目を購入した。もちろんビールのアテである。これまでの電車、換気のために窓が開いてあってり、停車駅ごとに扉全開したりと寒すぎた。だからビールが進まない。本来なら草津駅でビールを買い足す予定だったが、クーラーボックスにはビールが残っていた。
草津線でも一部の窓が開けっ放し。あまりの非常識さに寒さに震えながら閉めに回った。暖房がほとんど効いておらず、ここでもビールどころではなかったのだ。それでも信楽高原鉄道の分岐駅である貴生川を過ぎるとヒトも減り沿線の風景ものんびりとした田園地帯が広がる。油日という駅では私服の駅員さんがホームに立っている。以前にお話しした方だろう。とても感じの良いヒトだった事をハッキリと記憶している。
柘植(つげ)には13時40分に到着。これから乗車する関西本線下り加茂行きの気動車は13時42分発である。本来向かいのホームで待っているはずだから急いで乗り換えるべきなのだが、停車しているはずの1番線に加茂行きの気動車の姿がない。嫌な予感がした。柘植も昭和時代から何ら変わってない空気が漂う構内で、駅舎には委託駅員も詰めている。その駅員が何か放送しているのだが、設備が古いのか何も聞こえない。
どうやら関西本線の逆方向である亀山行きのトラブルがあったようで、柘植から亀山間で運転見合わせという内容を同行者が聞きとった。本来の亀山行きが今日だけ加茂行きとして折り返し運転するとの事。私1人なら放送を聞き逃して乗り遅れていたはず。私たちは急いで本来ならば逆方向の列車に乗車し事なきを得た。約10分遅れで発車。JRの対応が立派だと感じた。
柘植から加茂までは三重県と京都府の県府堺を走る。途中、伊賀鉄道との接続駅伊賀上野までは田園地帯が続く、そしてこの駅を境に風景が一転。木津川上流沿いに山がせまり、平地がほとんどないような場所を気動車が行く。大阪と名古屋を結び関西本線もこのあたりが難工事だったという事を容易に推察できる。人口の少ない地帯を走るので、駅間距離も長い。各駅の構内も広く、以前には長編成の列車が交換したであろうからホームも長い。月ケ瀬口、大河原、笠置と立派なホームに軽量化されたバスのような2両編成の気動車が入るのは違和感がある。12両編成の客車が止まるような雰囲気の笠置駅には国鉄時代の案内板が残っていた。ここも昭和だ。古びた大きな駅舎から斜陽を偲ばせる風景が筑豊本線や日田彦山線を連想さす(福岡県)
加茂では予定電車に無事の乗り換えられて木津経由で最後の電車奈良線だ。寒いだけの電車だったが、京都から東福寺まで(経路=京都ー近江塩津ー米原ー草津ー柘植ー木津―東福寺)279,5キロに乗車し東福寺には15時39分に到着。東福寺駅構内は紅葉客でごった返し、10人以上の駅員が出ていた。今日もっとも混雑している駅でもあった。このあと、京阪で祇園四条に移動し、私はワインを頂いて同行者と別れた。本来4750円区間を最短距離で計算する法則が適応され、150円で合法的乗車をしたのである。