私は現在、自身の専門科目でない分野も講義しています。専門領域にあっては若い頃から関わっていたわけですから、何ら抵抗なく講義できます。準備なんて不要です。何の資料もなくても90分間話続けられるわけです。
がしかし専門でない分野の講義をする時には相当なエネルギーを必要としました。矛盾があっても、知らない事があっても講義する者の恥です。それゆえに準備には相当な時間がかかります。そして集中力を要します。それでも満足いく講義が出来ない日の方が多いのです。
私は解剖学(系統解剖)、公衆衛生学が苦手です。学生時代もあまり興味がありませんでした。しかし今、そんな事を言っていられません。そして苦手克服の手法がある事にも最近気づきました。
ヒトに教えると理解が深まるのです。そして、それを土壌としてさらに内容を濃くさせられる。私の場合、はじめ昼間コース=(浪人生)→二度目夜間コース=(現役生)を担当する事も多いです。前者に比べ後者の方が講義内容の質が高くなる傾向。これが表題のテーマに繋がります。(=最初より2度目の方が私自身の理解が深まる)
私自身、学生時代の成績が優秀だったわけではありません。それどころか、常に留年スレスレの状態で進級卒業となりました。がしかし、得意分野もあったわけです。その得意分野にあっては試験前に多くの同級生に「講義」していました。今思うと、それは他人のためでなく、自身のためになっていたのです
教える事で理解が深まる。これは学生時代から自身で感じていたのだと思っています。無意識のうちに気づいていた私は、以前勤務していた医療系専門学校で学生さんに10分間講義をさせた事があります。「創傷の治癒過程について10分程度でまとめて話して下さい」「腫瘍とは何か。癌は何か。10分程度で誰もがわかる説明をして下さい」
これは私たち専門家が学会発表する時も同様だと思うのです。ヒトに説明するためには自身が十二分に理解していないとできませんから。それでも画像診断が苦手(放射線科のヒトが神様に見えていました)な私にとって、学会でCTやMRIやときに別の特殊な内容を説明する時には辛い想いをしました。(偉い先生に、私がわからない事を「質問」という名でツッコミされるのが恐怖)
マイナスの事も書きましたが、今私は教え続ける事で徐々にですが、専門外の講義も自信をもって行えるようになってきました。これは何物にも得難い財産だと感じています