1/24に円錐切除手術を受け、もうすぐ4週間が経ちますが、まだうっすらと出血がありました。
ありした、というのは先週末から生理になりました。
あ、これは…とはっきり分かる違いでした。
術後からずっとナプキンやライナーをしているので少し肌がかぶれ気味。
今週は術後初めての婦人科の外来です。
問題なければ、自転車と湯船への入浴の許可がおります。
そういえば聞かなかったけど、タンポンはいいのかな。
禁止事項にないってことはいいのかな。
けど一応使用は控えています。
ここ数日、右手首がすごく痛くて、寝違えたのかな?とも思ったけれど体調崩す時はいつも同じ右手首と左手の平の腱から痛み出すので少しだけ不安。
SLE発症時わたしにあった自覚症状は、
■関節痛
■手足のこわばり
■レイノー
です。
自覚のないものは、
■尿タンパク
■腎炎
のちに髄膜炎。
再燃する時も、発症時の自覚症状から出ることがほとんどだと言われたことがあります。
体調を崩して病院にかかってもなかなか病名が分からなかったり、診断基準を満たさず"疑い"のまま数年過ごす患者さんも少なくない膠原病ですが、
わたしは病院にかかったその日に診断され、その日に入院となりました。
高校生だったので(?)、
え、まじー?
なんかやばくない?
と言った感じ。
バイト先に急いで電話したり、友達や彼氏にメールしたり。
待合室で携帯片手に、SLEってなんだろって思いながらも、心配なのは自分の身体よりシフトや学校のこと。
今のようにスマホもなかったからね。
だけど今思えば発症当時の関節痛と手足のこばわりは異常でした。
起きて最低でも20-30分は起き上がれず、
窓側にピタッと寄せたベッドに寝ていましたが、カーテンを手で開けることが出来ないから足をつかってなんとかカーテンを開けていました。
手は本当に動かない。
FOMAのパカパカ携帯を開くことが出来ない。
なんとかカーテンと携帯を開いてしばらくぽけーっとした後、キッチンに行くと次は磁力のある冷蔵庫のドアを開けられない。
なんとか肘を使ってあけていました。
普通そんな状態だったらすぐ病院に行くのかも知れないけど、なんでしょうね。
友人と、
なんか最近手に力入らないんだよねー
えー、まじで病院行ったらー?
うーん、そのうちねー
てかさー、今日カラオケ行かない?
で、終わらせて毎日のように渋谷で遊んでいたパッパラ系女子高生でした。
(言い訳としては当時はそんな時代でした。たぶん)
だけどある日起きたら、右手の手首が一切動かなくなっていた。
本当に一切。ぴくりともしない。
人の身体って指を動かす時も骨が繋がっているからか、手首も使うようで、手首に全く力が入らないと指もほぼ動かない。
メール出来ないじゃん!!!
と、仕方なく近くの総合病院へ。
(当時の女子高生にとってメールは命)
学校に休みますと電話して、予約なしの初診で3時間待ちました。
うちは両親共に多忙だったこともあり、割りと信頼関係のある放任主義でした。
病院行くからお金ちょうだい
どこの病院?まだ手痛いの?終わったらちゃんとメールして
おけー
おつり持って来てね
んー
と言った感じ。
採血して3時間待って、もうお尻がぺったんこだわ!って頃にやっと呼ばれて診察室へ。
開口一番、医師が言ったのは、
"今日は親御さんはいらしてないですか?"
あ、なんかよくない病気なんだ、と思った。
免疫の病気だと言うこと。
腎臓が炎症を起こしていて数値がとても悪いこと。
すぐに治療しないと腎不全を起こすかも知れないということ。
一度帰宅して、また今日親御さんと一緒に来て、すぐに入院手続きをして欲しいということ。
20分くらいの間にそんなことを説明された。
待合室で母親にメールしたら、しばらくして電話があり、すぐ帰るから自宅で待ち合わせしよう、となり帰宅。
パジャマなり必要なものをバッグに詰めてまた病院に戻った。
17:00にはパジャマに着替え、腕にはステロイドパルスの点滴が繋がれていた。
仕事を定時前に切り上げて来てくれた父親が病室に到着した時にはもうすっかり立派な病人姿。
なんだか照れ臭くて、やっほーと言ったら、やっほー…と元気なく返して来た父親の姿が記憶に残ってます。
というのもSLEという病気に聞き馴染みのあった父親。
父親のお姉さんが同じSLEです。
膠原病は遺伝する?という話題にもよくなりますが、病気自体に遺伝性はなくとも体質は遺伝するから傾向はありますよね。きっと。
今から50年以上前に発症し、今のように色んな治療薬がない時代だったのでとても苦労したようです。
そんな姿を間近で見て来た父親はわたしのSLEに相当ショックを受けていました。
医師から今は新しいお薬もたくさんありますから、と何度も励まされていて、
わたしはなんだか病気になってしまったことが申し訳ないような気持ちでした。
と、わたしのSLE人生はそんな風にはじまりましたが、発症時は半年入院しました。
な、長かった。
16.7歳の女の子の半年ってどれほど貴重か。
そして悪夢のムーンフェイス。
まさしく、人生狂った!という気分でしたが、15年ほど経った今、なんとなく日々の症状とも付き合えるようになって、SLEはわたしの一部になっています。
だけど、つい最近まですごく元気だったリウマチを患っている知り合いが入院した、とか倒れたと聞くと、いつ何があるか分からないというのは一応頭に入れておかないといけないなあ、と思う。
そんなこと忘れるくらい元気なことが1番ですが、小さな症状から自分の体調の変化に気付けたら、と。
わたしが手放せないのはカロナールとボルタレンテープ。
カロナールを飲む日が続くと胃を守るレパミドも合わせて飲みます。
ボルタレンテープは指の関節が痛い時にこんな風に細く切って、寝る時に指に貼っています。
前の病院はボルタレンテープでした。
病院によって扱う薬も変わりますよね。
ボナロンかボノテオか、みたいに。)
痛い日にテープを貼って寝ると朝だいぶ楽になります。
けど手首には効かないんだよね。なぜだろう。
少しずつあたたかい日が増えて来ましたね。
季節の変わり目も体調が崩しやすいし、かと言って寒さも辛い。
万年何かと不満のある身体ですが、とりあえずは毎日元気に過ごしています。
みなさんもお大事に。
とにかく、早く自転車に乗りたい。切実!
1歳児のよちよち歩きに付き合っていたらすぐそこのスーパー行くのも30分コースです。
ベビーカー嫌々期。
早咲きの桜が綺麗でした。

