お題「一歩」「切りすぎた前髪」「あじさい」 | 壁マル登竜門

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 あじさいが咲くこの季節はちょっと苦手。
 なぜ、ちょっとなのかと言えば、
 あじさいは嫌いじゃないけれど、
 気がつけば ヤツが側にいるから。
 いや、いすぎるから。

 雨上がりには頻繁にくっつかれ、
 そもそもなんで私についてくるのか、
 まさに、意味不ぅ!と思ってからは、
 ドキリとさせられる相手でしかないお前は、
 雌雄同体かたつむり。

 見ている分には可愛いと思う。
 いや、思えてた。
 小さな頃は、なめくじが家をしょってるのが、
「かたつむり」だと思っていて、
 その家はどこで見つけてくるんだろう?と、
 這ってきた跡をたどったっけ。
 そんな子供心を砕くほど、
 今の私にとってのかたつむりは、
 塀や家の壁だけでなく、
 私の背中にまでよじ登ってくる、
 ちょっと気持ち悪いヤツでしかない。

 ガーデニングが好きな私にとってこの季節、
 かたつむりとの遭遇は避けられないにしても、
 体につくことはないだろう?と、
 ヤツの家をつまんで説教している自分もどうかと思うが、
 そのくらい体のどっかしらにくっついてくるのだ。
 わざわざお前を嫌っている者にくっつかなくても、
 もっと良い場所があるだろう?
 とも何度思ったことか。
 
 そしてとうとう、困ったもんだ、
 と悠長に言っていられないことが起こった。

 こともあろうか、おでこからヤツは現れたのだ。
 言うまでもなく、軽いパニックに陥って、すぐさま払いのける。
 想像してゾッとする。
 いったいどのあたりから一歩一歩、いや、違う。
 一這い一這い這って来たのかと思うと、
 背中が寒くなってきたので、
 庭の手入れは中断し、
 髪と顔を洗ったものの落ち着かない。
 ドライヤーで髪が乾く頃にも気分が晴れないので、
 カットに行く決心をして、少し早い身仕度をする。
 
 ちょうどその日は1ヶ月ぶりのデートだった。
 
 気持ちの切り替えのために、
 行きつけのサロンに来たはいいが、
 前回訪れてから一週間も経っていない。
 どこか気に入らないところがあったのか、
 とスタッフに心配されながら、
 とにかく、1㎜でもいいから髪を切って欲しいとお願いした。
 本当なら坊主にしないと髪は綺麗にならないと思ってみても、
 さすがに坊主でしばらく過ごす勇気はなかったので、
 自分を納得させるための演出を出来る限りしたかったのだ。
 その甲斐あって、気持ちも髪もさっぱりさせて、
 彼に会いに行くことができた。
 
 待ち合わせしをしたカフェに、
 ちょっと遅れて彼がやって来る。
 そんな彼が、オーダーを済ませて、
「結婚しようか」と突然言った。
 なんでもないことのように、
 サラリと大事な事を言ってのけた彼の顔を、
 正面から見ている自分の動きが止まる。
「眞由子?」
 名前を呼ばれて、
 パニックに陥っているのに気づき、
 カプチーノをそのままに化粧室へと逃げ込んだ。
 
 鏡に映る頬が赤い。
 今すぐに洗い流したいけれど、
 スッピンになるわけにはいかないので、
 手でパタパタと顔を扇いだ。
 
 何のそぶりもなかった彼の言葉を思い出す。

 結婚の「け」の字の話をしたこともない。
 ずっと一緒にいようね、
 などという甘い言葉を交わしたこともない。
 そもそも、
 どちらから付き合おうと言ったのかすら思い出せない。
 でも、この関係はずっと続くんだと、
 どこかで思っていた。
 何も変わらず、
 穏やかに過ぎて行くのだと思っていた。
 将来の約束事がないと一緒にはいられないと思ったこともない。
 けれど、彼からのプロポーズで、
 完全に舞い上がっている自分がいる。
 こんなに凄い威力なのだと思った。
 こんなに彼が好きだったのかと驚いた。
 もう一度、鏡の中の自分を観る。
 切りすぎた前髪に、かたつむりを思い出した。

 これは、かなりヤバい。

「ねぇ、なんで今日なの?もちろんイエスだけど」
 なんとか自分を落ち着かせて席に戻る。
 出来るだけ何もなかったような素振りで、
 彼の問いに答えた。
 彼がフッと笑って私を見ている。
「よりにもよって、なんで今日なのよ?」
 もう彼の様に、サラリとは出来なかった。
 鏡を見なくても確信できる。
 今の私は真っ赤で、
 彼を見つめ返すことも出来ず、
 小声で、らしくない。
「始めから話してみろよ」
 何も言わずに席を立ったのを責めるどころか、
 新しいカプチーノをオーダーした彼が、
 私が話しだすのを待っている。
 
 苦手だったかたつむりが、
 半日以上頭を占めた日が、
 記念日になってしまう。
 
 それはどうかと思うので、
 明日からはヤツらを少しずつ好きになろう。

 そう思いながら、
 彼に話し始めたあの日は、1年前のこと。
 相変わらず、あじさいは嫌いじゃないし、
 かたつむりは苦手だけれど。
 
 明日、私の名字が変わります。