現地まる4日間(実質は,まる3日間)の救援ボランティア活動も,怪我することもなく無事に終えることができた。

最後に,今,感じていることをふたつ書いて,活動記録を置くことにする。

ひとつは,“被災地ではまだまだ人手が必要”ということ。

今回,4日間かけてわれわれ25名の人員でできたことは,人手が必要とされる作業全体からすると,ほんとうに微々たるモノである。

現在でも,人手の入っていない被災地が大多数と思われ,どれだけの人手が要るのかを考えると,気が遠くなる。

しかし,一歩ずつでも進めていかなければ前に進まないので,継続的にこのような活動を続けていかなければならない。

活動記録 (5)で少しふれたが,ことごとく家が流され,瓦礫しか残っていなかった片岸町/両石町の写真を1枚ずつ,ここに残して“被災地ではまだまだ人手が必要”ということを忘れないようにしたいと思う。


被災地救援ボランティア-片岸町

★手前中央の色付きコンクリートの敷地は,オートザム釜石のあったところ(片岸町)★

被災地救援ボランティア-両石町

★瓦礫の向こうには,津波に流されずに残った住宅が見える(両石町)★


ふたつめは,今回の活動にあたって,事前の諸連絡や参加者調整などの,いわゆる後方支援をしていただいた事務局の方々,現地でわれわれが活動できるよう長靴やヘルメットなどの各種装備から,宿泊場所や弁当の手配に至るまでお世話いただいた事務局の方々,そして,今回の活動にさまざまな便宜をはかってもらった会社の方々に,心から“ありがとう”という感謝の気持ちを伝えたい。

ボランティアを依頼された方には満足いただけたと,わたしは自負し(笑),達成感を感じているが,たまたまわれわれが最前線にいただけで,事務局や会社の方々の支援がなければできなかったことであり,最前線にいなかった方々にも,この達成感をぜひぜひ一緒に味わっていただきたい (^o^)

この活動記録は,そのためのものでもある。



ボランティア活動最終日の4日目も,昨日と同じ大槌町の被災地で泥かき作業となる。

昨日,泥かきした家の北側の民家で,およそ10m×15mくらいの庭だ。


被災地救援ボランティア-4日目に泥かきをした庭



一部二階建ての家であるが,二階の屋根にも瓦礫が取り残されたままになっているので,完全に二階まで水没したことがわかる。

二階の屋根にある瓦礫が,余震で落ちてくれば命にかかわるなと思いながら,その下には近寄らないようにする(汗;)。

昨日の学習効果もあって,泥かき作業は効率的に進む(^o^)

ただ,もともと園芸をされていた庭で,伐採されてはいるが,幹が残っていて,作業に手間取るところもあった。

ところで,当日は,その家のご主人が家に残っているものの水洗いをされていたが,70代くらいであろうか,とても一人で泥かきは不可能だなと思う。

こういう人たちはまだまだたくさん居るはずだから,これからもボランティアは欠かせない。

ところで,昨日作業した家と今日作業した家の間に,ギリギリで乗用車が納まっていた。

ご主人に聞くところによると,津波で流されてそこに納まったそうである。

上から落ちてくるには,家の庇が邪魔になるし,バックで入るにはサンルームが邪魔になって入れない。


被災地救援ボランティア-津波で流された車(1)



と言うことは,頭からこの狭いところに突っ込んだと言うことか!


被災地救援ボランティア-津波で流された車(2)



外観上,特に傷ついていないので,奇跡的だなと思う。

しかし,水没しているので廃車の運命だ。

被災地では信じられないような光景に出会うが,これもその一つであった。

To be continued.



こちらに来て3日目,いよいよ被災地で泥かき作業をする日がやってきた。

ボランティア拠点の遠野市から,バスで約1時間強のところにある大槌町に向かう。

そこの民家の庭が今日の活動場所である。

途中,釜石市の市街を通って,言葉を失った。

釜石市街は,津波で壊滅的な被害を受けた地域の一つであるが,1階部分が原形をとどめている建物は皆無だ。

1階部分が崩れて斜めになったままの建物や大破した車の残骸,瓦礫の山が普通の風景のように存在している。


思いつくまま(^o^)-釜石市街



当然のことながら,生活感は,一切感じられず,廃墟のようだ。

その釜石市街から,大槌町に向かうため北に進路を取ったが,その途中で見た両石町/鵜住居町/片岸町では,ことごとく家が流され,瓦礫しか残っていなかった。

もともと,町があったことすら分からないが,瓦礫を見ることにより,町があって暮らしがあったんだろうなぁと,思いを馳せる。

鉄骨の骨組みだけ残っている建物も見られ,津波の凄まじさを見せつけられる。


思いつくまま(^o^)-鉄骨だけ残った建物



呆然としているうちに,大槌町の拠点に着いた。

大槌町も津波で壊滅的な被害を受けた街で,海側の市街地や火災の発生した地域は,重機による撤去作業となるため,ボランティアの入る余地はない。

したがって,少し内陸寄りの被害のましだったところでの活動であった。

被害のましなところと言っても,屋根の上には床板らしき物が取り残されたままになっているので,完全に水没した家である。


思いつくまま(^o^)-屋根の上に取り残された瓦礫



津波が庭に残していった泥を,スコップとクワを使って土のう袋に入れていく。

泥は15センチくらい積もっている。

最初は要領を得ず,泥をすくっては1か所に集めていくという形で作業していて効率が悪かったが,そのうち二人ペアになって,一人が泥をすくって,もう一人が土のう袋の口を開けて入れやすい様にするという分業体制が自然と確立されていった。

さらには,その土のう袋を一輪車に乗せて,集積場所にまで運ぶという役割を担う者もでてきて,作業効率は格段に良くなった。

ところで,作業メンバーは4人に1人が女性であったが,いとうこともなく男性と同じ作業をしていたのには,感心した。

泥かきをしていると,写真やビデオテープ,さらには卒業証書まで,泥の中から出てきた。

持ち主にとっては,すべて思い出の品であるが,手元に返せそうなものだけ横によけておき,ボランティア拠点に持ち帰った。

朝10時から泥かきを開始して,最後に消毒用の石灰をまくまでの作業を,14時半に完了した。

"働いた感"に満たされ,ボランティア拠点に戻った。

明日,筋肉痛になりませんように!

To be continued.



2日目はボランティア活動が中止になったので,温泉に入って夕食をすませても18時半。

時間をもてあますのももったいないので,地元の人とコミュニケーションをとることにする(^O^)

と言っても,居酒屋に行ってきただけである^-^;

カウンターでお店の人と話ができる居酒屋を探して,JR遠野駅方向に向かった。

目星をつけて『遠野食楽市場 いちい』というお店をのぞくと,カウンター7~8席とテーブル席がいくつかという希望通りのお店だったので,カウンターに座る。

和食の居酒屋で,お店のおすすめを聞いたところ山菜の天ぷらとのことで,さっそく生ビールとともに注文する。

普段,山菜を食べることがほとんどないので,味の比較はできないが,あっさりしていておいしかった。パリッと揚がった“こごみ”が特においしかった。

魚が入荷しないためであろうか,本来なら刺身のネタを入れておくべき所に,野菜が入れてあったのに違和感を感じるとともに,大きな被害を被っている漁業関連施設のことが気になった。

魚については,唯一,その日に知人から譲ってもらった“鱒”があるということだったので,注文するとホイル焼きにしてくれた。

身質の引き締まった食感でおいしかった。

ところで,このお店は30代半ばくらいのご夫婦が切り盛りされていて,奥さんは明るく話しやすいタイプで,ボランティアにきているという話をすると,遠野の話をいろいろ聞かせてくれた。

そのなかでも,少し山あいに入るとクマが出没することがあるという話は怖かった。

遠野市のウェブサイトに書かれているツキノワグマの特徴のひとつに“100mを7秒台で走る”とあるが,追いかけられたら勝てる相手ではなさそうだ^-^;

奥さんは遠野市出身であるが,ご主人の実家は気仙沼にあり,避難していたので人こそ無事であったが,家は津波ですべて流されたとのこと(ToT)

奥さん曰く,メディアでこれだけ映像が放映されているのに,みんなで被災地の写真を撮るのは止めて欲しいし,ご自身は被災地に入ることもできないとのこと。

写真撮影についての注意事項はあらかじめ聞いていたし,昨日のボランティア部隊のゴルゴ13風の隊長も
 ・所有者がいる場合は許可を得て撮影すること
 ・瓦礫をバックに記念撮影などしないこと
と話していたが,実際に地元の方が話すと説得力があるし,身につまされる。

その隊長は,阪神大震災の時もボランティアをしていたらしいが,あるカメラマンが被災者たちに取り囲まれ,リンチを受けてなくなる現場にいたとのことである。

家も仕事も思い出も,すべてを失った被災者が集団になったときの心理は推し図るしかないが,分かるような気もする。

直接的な被災者でない人でも,奥さんのような気持ちになるということは,胸に刻んでおきたい。


3日目の夜も地元の人とのコミュニケーションもここで簡単に触れておく(^o^)

『酒と肴の店 ややこし屋』というお店であるが,改装して間がなく,こぎれいな居酒屋で,カウンター7~8席とテーブル席がいくつかというのは,『遠野食楽市場 いちい』と同じである。

ここでも,本日のおすすめのひとつであった“ほっけ”"をいただいたが,あまりの大きさに驚いたo(^o^)o

今まで開きでしか食べたことないのに,出てきたものは半身で,しかも1.5センチの厚みはあろうかという程の肉厚で,脂ものっていてたいへんおいしかった!

こちらのお店も30代半ばくらいの男女が切り盛りしていたが,小~中学校の同級生とのことで,マスターは,つい最近バツ2になったところとのこと(T-T)

震災ではお店の食器やグラスが割れたが,二人とも家や身内は無事だったとのことである。

昔のアニメのフィギアやプレミアム缶飲料などがカウンターに飾ってあり,マスターの趣味がうかがわれ,それに関する話を聞くと,嬉しそうに話してくれた(^O^)

気さくで話しやすかったため話がはずみ,お店の名刺をいただいたが,遠野市観光協会発行の〈カッパ捕獲許可証〉がついていた(昨日,200円で買ったものと同じだ~)。

自分たちは震災の被害こそなかったが,お店には被災地の方も来られるので,今は話にたいへん気を遣うとのことであった。

どこに,被災者やその関係者がおられるか分からないので,軽率な発言には要注意である。

以上,せっかくの機会だし,観光客も減ってる折,こうして地元の方とコミュニケーションを取るというのもいいものだと,改めて感じた。

遠野駅近くのこの二つのお店はお勧めです。


思いつくまま(^o^)-遠野市街図



次回は,いよいよ泥かきのボランティアの話になります。

To be continued.



5/30(月),台風から変わった熱帯低気圧の影響で,各種の気象警報が出たため,ボランティア活動はすべて中止になる^-^;

ボランティアに来てすることがないのも辛いが,自然には勝てない!

前日は夜行バスで到着後,休憩・仮眠の時間もなしでボランティア活動という強行日程だったので,休みもいいか(^-^)

朝食後,小雨だが風の少し強い中,散歩がてらJR遠野駅まで歩いて行く。

途中,大震災で本庁舎が全壊した遠野市役所の解体工事現場に出くわす。

築48年の鉄筋コンクリート造で,柱や壁が壊れ全壊となったとのことだが,見た目は普通に立っているので,全壊といわれても信じられなかった。

JR遠野駅前にある「遠野駅前交番」の建物は,ウィンクするカッパをモチーフにしていてなかなかユーモラスだ。


思いつくまま(^o^)-遠野駅前交番.jpg



「遠野市観光協会」に入り,土産物を見る。

特に欲しいものはなかったが,おもしろいモノを見つけた。

遠野市観光協会の発行する〈カッパ捕獲許可証〉である(^o^)


思いつくまま(^o^)-カッパ捕獲許可証.jpg



許可番号の記載方法が笑える。

“許可番号10 NO.×××××号”

許可番号の後の“10 NO”の意味を諮りかねたが,“遠野”をもじってるだけだと,しばらくして気づいた。

許可期間が“お会いしてから1年くらい”というのもおもしろい。

“1年に1回は来てね”ってことだろうか?(笑)

名刺大の大きさで\200であったが,記念に買った。

午後は,事務局が気を遣ってくれ,往復3時間かけて花巻温泉にまで行って,一風呂浴びて帰ってきた(^o^)

18時からの夕食がすむと,消灯時間の22時(なんと早い消灯時間^-^;)まで,時間をもてあますので,地元の人とコミュニケーションをとることにする(^O^)

その内容は次回に!

To be continued.