お墓の心配ってしたことがありますか?



日本では、火葬が一般的ですが、それも宗教や文化の色が強く、日本でも一般の人がお墓に入るようになったのは、明治時代からだそうです。それまでは、山や野原などへの野捨て、室町から鎌倉時代にかけて共葬墓地はあったようですが、お墓を作るようになったのは江戸時代だそうです。



先日、会社のメンバーに自分が亡くなった時の墓はどうするのか?と尋ねてみたところ、長男のいるメンバー達は、親の墓は長男である弟に建ててもらう、自分はパートナーの家に?という返答でした。私は、20代のうちに自分のお墓のこともある程度は決めているので、これも死生観なのかなぁとも感じます。



とある事情があり、改めてお墓のコトを考え直す機会があったのですが、10年ほどの間に私の死生観や周囲の環境なども変っているのだなぁと感じ入った次第です。ほとんどの方は、火葬して家族と一緒か、改めてお墓を建ててそこに入るというのが一般的なのでしょうか。



ここ数年で、知人の親族などのお話で散骨なども耳にしたことはありますが、死後はお墓に入るというのが、多いのでしょうか。私が初めて人の死に接したときは、幼稚園の時で妹が早産により生まれて4時間でなくなってしまった時でした。



当時は、私も両親と一緒に住んでいませんでしたし、年齢のせいもあってか、退院した母が一人で私が暮らしていた祖父母の家に帰ってきたときにも・・・、母にその話を聞いて泣いている姿も・・・、父が骨壺を仏壇に供えて泣いていた姿を見ても・・・、何か大変なコトがあったくらいにしか思えなかったことしかありません。



実は、以前から、目にしたコトはあったのですが、改めて遺骨ペンダントを目にする機会がありまして、当時のことを振り返りながら、あぁこういったモノがあの時にあったならば・・・としみじみと感じ入ったのでした。結局、妹は山奥のお墓に父方の親戚と一緒に入ることになったのですが、それが良かったのかどうか・・・。



今は元気に暮らしている両親も、死後には、父は家族の墓に入るのでしょうが、母は母方の方に入るのか・・・。でも、それも先に入っている祖父とは血の繋がりもないので、本人の意思を早めに確認しておかなければとは思います。



私がお墓の話をすると、ある人は”死んだ後なんてどうでもいいじゃない。”という方もいますが、やはり私の場合は、死ぬ前にはっきりと決めておいて、気持ちよく現世を去りたいと思う死生観です。因果応報とか、生きているよりも生かされているという観念が強いので、そのような思想なのかもしれません。



それとは別に、パートナーと死のことを話す機会がありまして、年齢的にも私より年上ですし、病気などもしたことがあったりして、”早死にするよ。”と言われた時に、”分骨してもらう。”という話を冗談でしていたのでした。けれども、改めて遺骨ペンダントかな・・・と思ったのでした。(今は。後先何かがあった時のコトは分かりません!)



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メモリアアレカさんの”遺骨ペンダント”



お米で例えると3~4粒の遺骨をペンダント裏の空洞に透明特殊樹脂を流し込み液体の状態から硬化させ完全埋封するそうです。他にも幾つか商品があるようですが、分骨をしたり、墓守がいない場合でも手元供養をしてから永代供養にするとか、色々な方法があるようなのです。事実婚の方にも良いかもしれません。


▼メモリアアレカさん